映画・や行

2006年9月13日 (水)

『ゆれる』  てくてくてく、と うちに 帰ろう

わたしはBBMを映画館で6回観ることができましたが、6回とも同じ映画館だったので必然的に予告も同じものを何回も見ることになりました。普段から予告にかなり流されやすいわたしに(何度も見たから、ということを差し引いても)、‘これは!!!’とものすごく期待をさせたのが、この『ゆれる』という映画です。そしてその期待は裏切られませんでした。

_0908_3_2『ゆれる』
(2006 日本)

父親と一緒に暮らしながら地元で家業のガソリンスタンドを継ぎ、地道に働いている兄の稔。折り合いの悪い父親から逃れ、東京でカメラマンとして成功し華やかな生活を送っている弟の猛。正反対のふたりですが、しかし稔は常に弟のことを気遣い、猛は兄のことだけは慕っていました。
母の一周忌で久しぶりに故郷に戻った猛。稔は弟を家族の思い出深い渓谷に連れて行きます。そこで起こった思わぬできごと。ふたりと一緒に来ていた幼なじみの智恵子が吊橋の上から転落し、死んでしまったのです。その場にいたのは稔ひとり。別行動をとっていた猛は、離れたところから一部始終を見ていました。
殺人容疑で逮捕された兄の為に奔走する猛ですが、その過程で彼は、優しく穏やかな人格者だとばかり思っていた兄の思いがけない一面を垣間見ることになります。自分の知っていた兄は、偽者だったのか?本当はこんな人間だったのか?離れても分かり合えていると思っていた自分たちのつながりは、ただの幻だったのか?
‘本当の兄’を取り戻すために猛が取った行動とは・・・?

以下ネタばれ(真紅さん、ここから先はお読みにならないでください~。ほとんど全部書いちゃってます)。

映画の序盤、母親の一周忌の席。猛と父親は、久しぶりに顔を合わせたにも関わらず言い争いを始めてしまいます。その間に入ってふたりを諌めながら、父がひっくり返したとっくりから流れ出た酒を懸命に拭き取る稔。そのズボンを、ひっくり返ったままのとっくりから滴る雫が濡らします。しかし、ふたりの世話を焼くのに必死な彼はそれに気付かず、とっくりをちゃんと戻してくれる人もいません。‘兄’はずっとこういう風に生きてきたのか、そう思わされる場面です。
そして拘置所の面会室で、弟は兄の思いを初めて知ることになります。

「お前の人生は素晴らしいよ。自分にしか出来ない仕事して、いろんな人に会って、いい金稼いで。俺見ろよ。仕事は単調、女にはモテない、家に帰れば炊事洗濯に親父の講釈、で、そのうえ人殺しちゃったって、何だよそれ」

「ねえなんで?なんで俺とお前はこんなに違うの?」

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面会を重ねるうちに、稔と猛の関係はどんどん悪化していきます。弟に唾を吐きかける兄、兄に向かってパイプ椅子を投げつける弟。でも、唾もパイプ椅子も、ふたりの間に立ちはだかるアクリル板に邪魔されて相手には届きません。さらけ出してもぶつけても届かない、そういう場所に来て初めて兄の本音を知ることができたという皮肉、弟の悲しみと動揺。

半ば発作的に口走った言葉により逮捕された稔ですが、裁判が進むにつれ、結論は‘あれは事故だった可能性が高い’という方向に流れていきます。父親やその兄である担当弁護士、稔を慕う同僚は安心し、裁判での勝利を確信しますが、猛だけは違いました。なぜなら、他の者は誰ひとりとして知らない兄の姿を彼は知ってしまったから。彼はあの時全てを見ていたから。‘兄は、嘘をついている’・・・猛は決心します。

「これを話すことで僕と兄が引き裂かれて、ふたりとも惨めな人生を送ることになったとしても、僕は元の、僕の兄貴を取り戻すために、自分の人生を賭けて本当のことを話そうと思います・・・」

猛の証言のせいで、稔は有罪になります。
しかし裁判がどう決着したとしても、ふたりが兄弟であることに変わりはありません。猛は、この先にもっと残酷な事実が待っていることを知りませんでした。
兄が猛のために取っていてくれた、母の形見の8ミリビデオ。その中にあった答えに猛が気付いたのは、全てが終わった後。8ミリは常に彼のそばにあり、見ようと思えばいつでも見ることができたのに、猛はその存在すら忘れてしまっていたのです。

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稔と猛兄弟の間に、長い時間をかけて作られた溝。しかし。その溝は確かに存在していたけれど、幼い頃あの渓谷でしっかりと手をつないでいた時のままに、兄の手はまだちゃんと弟の手を握りしめていた。その手を離してしまったのは、本当は弟の方でした。8ミリを見た猛が自分がよく知っていた兄の優しさやあの事件のこと全てを思い出し、自分が間違っていたのだと悟った時は、もう遅すぎました。
(うわあ、ここにもイニスが~、とBBMにこじつけてしまうわたし。しかしBBMと決定的に違うのは、彼のつながりたい相手はまだ生きているということでした。)
遅すぎたことに気付きながらも、弟は必死に兄を追いかけるのです。

「兄ちゃん!家に帰ろう!兄ちゃん!」

弟の叫びに兄がどう応えるか、そしてこれから先のふたりがどうなるのか。ほんの少しの希望を感じさせるだけで、監督ははっきりと結論を出してくれません。
いろいろなことを超えて、ふたりは再びつながることができるのか?そんなの誰にも、きっと本人たちにもわからない。でも、つながれると信じたい。きっと、ふたりの間の橋がまた渡れるようになる日が来る、来てほしい・・・。稔が一瞬見せた笑顔にすがって、そう願わずにはいられません。

時間が解決してくれる問題と、時間がたちすぎたせいでこじれてしまう問題。
兄弟の間に存在する確執。
兄の、弟に対する、そして自分の人生に対する鬱屈。弟の、兄に対する負い目。
家族だから許せることと、家族だからこそ許せないこと。

これまでの・これからの自分と家族、間違いを正してやり直すことの難しさ、そして、どんなに困難でもやり通さなければならないことがあるということ、誰かとつながるということ・・・そんないろいろなことを、否応なく考えさせられてしまった映画でした。

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