映画・か行

2007年4月14日 (土)

『グリーンフィンガーズ』  刑務所生まれの花たち 

今日は仕事でまたミスをして、勤務明けに映画を観ようと思っていたのにその気も失せてしまいすごく落ち込んだ気持ちで帰ってきました。でも帰宅して庭を覗いてみると、昨日植えたばかりの苗に花がふたつついていてちょっとだけ気持ちが上向き加減に。花の効能ですねえ・・・。

グリーンフィンガーズ DVD グリーンフィンガーズ

販売元:メディアファクトリー
発売日:2001/10/05
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弟殺しの罪で15年間刑務所暮らしをしているコリンは、模範囚ということで数少ないユニークな開かれた刑務所として有名なエッジフィールド刑務所に移送されることになる。しかし、両親から見放され罪の意識を抱えてずっとひとりで生きてきたコリンは、新しい刑務所での生活にも他の囚人たちにも馴染もうとしない。
クリスマスの夜、同室のファーガスはそんなコリンにプレゼントを渡す。それはニオイスミレの種だった。仕方なく、暗い夜空の下で適当に選んだ場所に適当に穴を掘り種を蒔くコリン。
しかし春が来て、忘れられていたスミレは花を咲かせる。それを見たコリンの中でも何かが芽生えはじめたのだった・・・。

以下ネタばれ。

この作品は実話を元にしてあるそうです(もちろん脚色はしてあるだろうけど)。『ブラス!』から『キンキーブーツ』までの流れを汲む、イギリスのお家芸(?)ど真ん中の映画。
主人公が犯罪者(それも重罪犯)なので素直に共感する気にはなれないという方もいらっしゃるでしょうが、‘植物に接することで生まれ変わる人々の物語’として観たならこれはかなり説得力があると思うんです。

Greenfingers_70412_3 
コワモテだけどすんごくにこやかな男たちでございます。楽しそう~。

この前ポピーが初めて咲いたときに記事を書きましたが、あのときはほんとに興奮しちゃいました。自然界の神秘を垣間見たとでもいいましょうか。
何の気なしにパラパラッと蒔いて何も世話をしなかった(その上すっかり忘れてた)スミレが人知れず芽を出し花を咲かせているのをみてコリンは衝撃を受けていたけど、その気持ちすごーくよくわかる。ちょっとカルチャーショックでしたもんわたしにも。

『ぱすてると~ん通信』という漫画にこんなせりふがあります。

‘植物って水やったりするとそのぶんきちんとのびてくるんだ
 葉っぱ出したり実つけたり花咲かせたり
  してもらった分だけきちんとのびる
 だれが世話しても ― ぼくみたいな子供がしても’

これはまさにこの頃のわたしが感じていることなんです。ポピーはほんとに毎日伸びて蕾もどんどん大きくなっているし、デイジーは日が照りだすとすぼめていた花を大きく開かせるし。水をやってただ観察してるのがなんだか申し訳ない。頑張ってる彼らの成長を見逃したくないので(子供持ったらこんな気持ちになるのだろうか?)、出勤前と帰宅した時には必ず庭を見回るくせがついちゃったくらいです。
そして映画の中でも、エリザベス女王のこんな言葉が紹介されていました。

‘植物は人を選ばない’

ほんとにそうなんだよなあ。よっぽど悪い条件の下でないかぎりは、必ず応えてくれるんです。子供でもお年寄りでも、元気な人でも落ち込んでる人でも、必ず。そして囚人でも、それは同じこと。

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ガーデニング界のリーダー? ミセス ウッドハウスは派手な帽子がお好きなご様子。

この物語の主人公・コリンは、自分が知らなかっただけで実は‘green fingers’の持ち主でした。green fingers というのは 、辞書によると‘植物を育てる才能’。全く興味がなかったガーデニングの世界に足を踏み入れ植物と共に生活するうちに、彼はみるみる頭角を現します。そして、それまで死んだように(‘誰かが自分を殺してくれないかと思いながら’)生きてきたコリンの人生と考え方も、大きく変わる。やるべき仕事と愛する人、仲間に出会うのです。
コリンが言うには、植物と接していると、怒りや憎しみといった感情が消えていく。
そう、そうなんだよ~コリン。花を前にすると、きっと人は誰でも穏やかになれるんだ。

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フン!仲良く庭の手入れかよ!フンだフンだ!と言いつつ、うらやましいのだった。

コリンたちエッジフィールド刑務所の庭師集団はハンプトンコートのフラワーショーに出品するチャンスを得ますが、そこは映画なのでいろいろ山あり谷ありですんなりとは行きません。でも最終的には自分たちの思い描いた通りの庭を作り出し、なんと女王に謁見を許されることになるという。女王のところへずんずん向かう彼らの足取りの、誇らしそうなことよ。
それからも、彼らの後を引き継いだ囚人たちの庭師チームは全国各地のフラワーショーに出品し、最高賞を獲得したりもしたそうです。ううむ、ほんとに映画みたいですね。

筋としてはちょっと大味というか、コリンが才能を開花させていく過程をもう少し丁寧に描いてほしかったなあという気もするんだけど、とても好きな映画でした。
フラワーショーへの出品が決まったあと、刑務所の中のジムで体を鍛えながら「どんな庭園にする?」とみんなで案を出し合う彼らの、少年のようにキラキラした表情。コリンを愛し受け入れてくれた女性の名前が‘primrose’(サクラソウ)なのも可愛いし、何より彼らの庭園がまたステキでした(映画が公開された当初に観たときはあまりそうも思わなかったんだけど。歳とって感じ方が変わったんだろうな)。
‘見逃しがちな美’というテーマの、一見雑草が生い茂っているだけに見えるその庭。確かA.リー監督がどこかで「西洋のガーデニングは自然を思い通りにデザインしようとしているけど、東洋の庭はそうではない」とかいうことをおっしゃっていましたが、そういう見方でいくとこのコリンたちの庭はとても東洋的なのかも。草ぼうぼう加減がうちの庭に似てるのもポイント高いし(なんじゃそれ)、しかもじょうろで水をやっているファーガスがお出迎えしてくれるんだもんね。

Greenfingers_70412_4 こんな感じで水をやっとりますぞい。

この映画を初めて観たときもハンプトンコートのフラワーショー(←これは02年の模様)に行ってみたいなあと思ったんですが、園芸をちょこっと、ほんのちょこーっとかじりだした今、また行ってみたいという思いがふつふつ湧きあがってきております。しかしすぐには無理なので、もうちょっとしたら地元の海浜公園に行く予定です。ミニ庭園がたくさんつくってあるらしいので。楽しみだなあ。

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2007年3月 6日 (火)

『華麗なる恋の舞台で』  大女優を、ゆめゆめ侮ることなかれ!

先日の記事でも書きましたが、ちょっとメロウ(死語???)だったわたしの心を晴れやか!爽やか!に変えてしまった、あっぱれな映画。
主演のA.ベニングはもちろんのこと、出演者がみーんなとっても楽しそうでした。しかもその共演陣が豪華!誰が出演しているかなどの予備知識をほとんど持たないまま観たので、次々に出てくる錚々たる顔ぶれに思わず「うおっ♪」「キャー♪」と声を上げてしまいそうになりました。

Beingjulia_70301_6_1  『華麗なる恋の舞台で』 (2004 米)

同じ舞台・同じ毎日の繰り返しにうんざりして、変化を求めていた人気女優のジュリア。
ある日出会った親子ほども歳の離れた青年と恋に落ちることによって、そんな彼女の人生は一変。恋のパワーでエネルギーに満ち溢れた幸せな日々を送りますが、青年の心変わりによってやがて破局が訪れます。大きな痛手を負うジュリア。
彼女の、女優として、そしてひとりの女性としての輝きはこのまま失われてしまうのでしょうか?
(・・・このあらすじ、ちっとも面白くなさそう・・・。でも喜劇なんです)

以下ネタばれ。

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最近よく見かける(気がする)M.ガンボン。ちょっと怖いイメージがあったんだけど。

昔からジュリアのファンだったという青年、トム。彼はあっという間に彼女の心を掴みます。そしてこの恋が女優としてのジュリアにも多大に影響するのです。月影先生なら‘プロの女優は仮面をかぶらなくては!’と叱咤するところでしょうが、私生活の問題と仕事を完全に切り離して考えられる人なんて、あんまりいないはず。ジュリアもまさにそのタイプでした。うまく行ってるときはそれまで以上に素晴らしい演技ができたけど、だめになると役柄に気持ちを込められなくなってしまううのです。
そのうえ、女優の卵であるエイヴィスという若い女性を新しい恋人に得たトムの、とても理不尽な頼みが追い討ちをかけます。
“エイヴィスをあなたの芝居で相手役に抜擢してほしい”
しかしジュリアはこれを受け入れ、しかも、若手の女優に活躍の場を譲りまるで一線を退いてしまったかのような雰囲気まで漂わせるのです。そんなジュリアに戸惑う周囲の人々。
でもこれが、彼女の華麗な、まるで不死鳥のような復活劇の第一歩でした。
(上のポスターもなんとなく不死鳥を思い起こさせる気がするんですけど、いかがでしょう?)。

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物語の中でよくある、‘いい男ってほとんどが~’の見本のようなB.グリーンウッド。

今まで何度も書いてきたけど、やっぱり俳優さん・女優さんというのはスゴイ職業。しかもそれがいくつもの舞台でいくつもの役を演じてきて酸いも甘いも噛み分けた女優ならば、向かうところ敵なし!なのです。
ジュリアを楽々手玉に取った(とまでは本人は思っていないかもしれないけど)トムも、トムのコネを使ってのし上がるチャンスをまんまと掴み幸せの絶頂にいたエイヴィスも、所詮ジュリアの相手ではありませんでした。彼女は若い彼らに、舞台の上で‘女優として’見事復讐を果たします。それはそれは完璧に、鮮やかに、しかも意地悪く。あまりにも意地悪なので、最初はわたしも引いてしまったんですけど・・・。
でもよく考えてみると、これは意地悪ではありません。人生経験・舞台経験・演技力のガチンコ勝負。ジュリアが勝っていたのは、当然といえば当然の結果なのでした。
(ここでも『ガラスの仮面』を思い出してしまったわたし。乙部のりえをやっつけてマヤの敵を打った亜弓さん!美内すずえさんもこの物語をご存知なのだったりして☆)

Beingjulia_70301_5_1 
実はそんなによく知らないないんだけど、やっぱジェレミーよいです。改めて惚れ直し。

個人的に、俳優さん・女優さんが意地悪ーい役を楽しそうに演じているのを観るとこっちまで楽しくなってしまうのですが、それはジュリアの周りの人々も同じでした。
はじめこそ、舞台を台無しにしてしまいかねないジュリアの演技に焦り、「なにやってんだあいつは!!!やめんかい!!!」というように眉を顰めたり、ハラハラしていた舞台関係者たち。でも、彼女の演技を舞台袖で、客席で観ているうちに、彼らはただのいちファンに戻ってしまうのです。ジュリアの実力と魅力に圧倒されて、彼らの目もまた彼女と同じように輝きます。
「わたしたちは今、素晴らしいものを目撃している!」
そんな声が聞こえてきそうな、観客の表情がとてもステキ。
そして迎える大団円。ブラボー、ブラボー大女優!

映画館の外に出ると空は晴れ渡っていて、本当に「ああ、観に来てよかった~~~」とお腹の底から実感したのでした。

Beingjulia_70301_4
うーまーいー!J.スティーブンソン(左)。好きなので大きな画像を使っちゃいます。

しかし映画の感想を書こうとすると、ついつい長くなってしまうのはなぜだろう?
で、長いついでに最後にまたちょこっと。

わたしの好きな映画の鉄則として、登場人物がみんなステキ!というのがもちろんこの映画にも当てはまるのですが、特に好きだったのはJ.スティーブンソン演じる付き人のエヴィ。長年ジュリアの世話をしてきたので、彼女のお決まりの愚痴も「またかい」というようにいなしてしまうし、本番前のジュリアに“Go to hell!”なんて口を叩くほど遠慮がないんだけど、実はジュリアの一番の理解者でありファンなのです。
そして、ジュリアの息子のロジャー。女優としての母しか知らないため、本当の彼女を掴みかねている彼。しかし、少し距離を置こうとしていた母の舞台を観て、息子は初めて彼女という人間を知るのです。ジュリアに惜しみない拍手を送り、「俺の母ちゃん、すげえ!!!」というように素直に敬意を表する姿を見て、わたしも嬉しくなってしまいました。

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2006年12月10日 (日)

『007 カジノロワイヤル』  待ってましたよダニエルさん!

“ボンド役にD.クレイグ決定!”というニュースを知ったのはいつのことだったか・・・。
その日以来ずーーーっと待ち焦がれていた『007』の新作・『カジノロワイヤル』を、この前とうとう観ました!

Casinoroyale_1210_1  『カジノロワイヤル』(2006 英・米)
こっちもいいけど、日本版のポスターがかっこよくって好きです。

あらすじは省いて、以下ネタばれ。

実はわたしが007を観るようになったのはごく最近のことなのでそんなに(というかほとんど)知らないんだけど、007の売りのひとつと言えば凝ったオープニングなんだそうで(←ずっと前に読んだ雑誌から得た知識)。だから今回も楽しみにしていたんですが、モノクロでステキでした。
そして恒例の、こちらに向かって銃をズキュン!画面が赤くなってオープニングクレジット!うおお、かっこいい・・・。 トランプをモチーフにしたクレジットの映像も、流れる音楽がまたベタすぎるのも◎ 。スタンドマイクを斜めに握ってシャウトしていそうな“You know my naaaaame!”という曲が、観た後しばらく頭の中をグルグルしてました。今も歌えそうです。というか歌えます。チェックで何度も聴いたから覚えちゃいました。

しかしダニエルボンドはものすごく体当たり。最初っからノンストップで走ったり飛んだり壁を突き破ったり、「頑張れ、ボンド!」というよりは「ダニエル、だいじょぶ?ダニエルーッ」という気持ちで観てしまいました。
拷問シーンでは敵に「おまえいい体してんなあ」と感心されていたけど、ほんとにそうでしたねえ・・・。今まで観た映画ではダニエル氏は100%脱いでたのでけっこう彼の裸は見慣れているんだけど、やはりボンドを演じるにあたって更に鍛えたんだろうなあなどと感慨に耽ったりして(あんな痛そうな場面なのに~)。

Casinoroyale_1210_4_1 ちなみに、ル・シッフルを演じたM.ミケルセンがかなり好き。
爬虫類顔でW.フィクトナーにちょっと似ている気がします。
『しあわせな孤独』という映画で初めて知って
「げっ、カッコイイ!」と思い、
次に観た『キング アーサー』でノックアウトされました。
母国デンマークでは‘最もセクシーな男’なんだそうです♪
でもこの3作品での彼が同じ俳優さんだとは全然知らなくて、
気がついた時は本当にびっくりしてしまった・・・。

話を『カジノロワイヤル』に戻しますと。
ボンドとE.グリーン演じるヴェスパー(名前からして魅力的ですねえ、“vesper”=宵の明星・・・いい女の名前だあ)が少しずつ惹かれあっていく過程も、やはりよかったです。
百戦錬磨のはずのボンド(笑顔ひとつで知りたい情報を受付嬢から引き出してしまうんだもん)の表情が、今までいなかったようなタイプのヴェスパーに出会って変わっていく。なんだかすごく可愛らしかった。
そしてふたりの会話もいい。覚えてるのはこれ↓

ボンド 『安心しろ、君は僕のタイプじゃない』
ヴェスパー 『知的だから?』
ボンド 『独身だから』

ウヒョ~~~!こういう、皮肉をこめた切り返しを鮮やかにかわすようなやりとりって大好き。
そしてポーカーの大勝負に見事勝った(あの勝利もかっこよかったですねえ、ストレートフラッシュ?でしたっけ)ボンドとヴェスパーの、ディナーの席での会話もいい。かなりの決め台詞を吐いた後に「今のせりふかっこよくなかった?」と言うボンドと、「かっこよかったわ」と答えながら笑顔を見せるヴェスパー。あの場面のふたりがいちばん好きでした。
でもそのまま‘ふたりは幸せに暮らしましたとさ’となったらそれ以降のボンドは00(ダブルオー)ではなくなってしまっているわけで・・・。
大体こうなるだろうなあと予測はついていたけど、やはり実際に観るとちょっと堪えてしまいました。あのヴェスパーが着ていた真っ赤な服も、ボンドが後をつけやすいようにだったのかなあなどと考えて、落ち込んでしまった。

Casinoroyale_1210_3 出演作をたくさん観ているわけではないのに、
これまた好きな女優さん、E.グリーン。
名前がステキだからかな?
Eva Greenって、とても綺麗な名前ですよね。
このドレスを着た彼女は本当に美しかったです。
でもお化粧中の彼女も可愛かったし、
シャワーを浴びながら泣いている場面では、
ボンドでなくても抱きしめてあげたくなるぞーっと思いました。
彼女はこれで1980年生まれの26歳なんだそうで。
なんなんでしょうこの色気と立ち居振る舞いの優雅さは???

そしてラスト、心に傷を負ったであろうボンドを「復帰するには少し時間を置いてもいいのよ」と気遣う、最初は彼を半人前扱いして(実際半人前だったんだけど)邪険に接していたM。
でも、ヴェスパーの遺品の中にあった貝殻(おそらくふたりで一緒に過ごした浜辺で拾った思い出の品)を発見して心は揺れただろうけど、彼女のおかげで本物のスパイになれたボンドには、そんな気遣いは無用でした。
最後の最後に、彼はやっとあのせりふを口にします。

“My name is Bond. James Bond.”

これからの彼の活躍が楽しみです。
次の『007』も観に行くよー、ダニエルさん!

Casinoroyale_1210_2_1

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2006年7月 2日 (日)

カサノバ

やっと観ることができました、『カサノバ』。しかし、いきなり懺悔させていただきます・・・。
途中、寝てしまいました!!!
もうなんという間抜け!楽しみにしてたのに・・・。無理矢理観に行ってしまったのが敗因でございます。あ~あ、ほんとにイヤになる・・・。ごめんよ、ヒース・・・。
でもでも!この『カサノバ』という映画は、そんな自分のうんざりするようなアホさ加減も吹き飛ばしてくれるようなとてもハッピーな映画だったのでした。

以下ちょっと?ネタばれ。

詳しいあらすじを書くのもなんか違うかなあ~と思ってしまうくらい、ただただ楽しんで観ることができる、BBMの対極にあるような‘ポップコーンムービー’(ヒース談)。でも人生には‘ポップコーンムービー’だって必要なんだ!とつい力説したくなってしまう、そんな映画でした。みなさん書かれていますが、BBMの後にこの作品に出たことでヒースはかなりリハビリできただろうなあと思います。最近ずむ~っとなる映画ばかり観ていた(だけの)わたしにもこの映画は効きました。うふ。

Casanova_0701_3 ←ご主人様のためならエンヤコラ、のルポ氏

そして。やっぱりヒースのスタイルのよさは本物だ、なんか目が行っちゃうのです。そんでまたこの時代のこういう衣装がよく似合っているし(でもあの化粧はちょっとわたしはイヤだった)、かつら着けててもいいんだけどかつら取ったらもっと良くて。
でも、この映画のポイントはヒースだけではありませんでした(わたしにとっては)。文武両道のシエナミラー、いつになくお間抜けなジェレミーアイアンズ、打算的かと思いきやそうではなかったレナオリン、やっぱりわたし好みの役を演じてくれるオリバープラット、ヒースにどこまでも尽くすオミッドジャリリ、カサノバの‘後ろ盾’も、弟くんも、婚約者も、うさんくさい枢機卿も、その看護婦も、出ている人みんながなんだか楽しそうで。
『ロックユー!』でも、この『カサノバ』でも、いつの間にかたくさんの人がウィリアムやカサノバのの味方をしてくれる。そしてそれがちっとも不自然ではなく、わたしでもそうしたくなっちゃうだろうなあと思わされてしまう。ヒースには人を惹き付けるオーラのようなものがあるんでしょうかね。

Casanova_0701_4_3 ←愛すべき巨漢、パブリツィオ氏

物語の中でフランチェスカの母親が‘愛とは’と語る素敵なせりふがありました。でもその時の彼女の表情はそんな素敵なことを言うにはふさわしくないような厳しいもので、言外に「愛と結婚は別物なのよ」とフランチェスカを諭していた。いったいその辺はどういう風に決着するのか?書きたいけど書きません(こんなに‘ハッピー・ハッピー’と書いてきて、ここで今さらぼかしても意味ないような気もするのですが)。

映画を観る前はどんよりと曇って今にも雨が降りだしそうな空模様だったのが、観終わって外に出たときは雲の隙間から夜空が見え、気持ちの良い風も吹いていました。 カサノバのとびきりの笑顔を思い浮かべながら、とっても‘晴れやか’な気分のまま軽~い足取りで駅までルルル~と歩いて行った帰り道でございました。                                                                                                                                                              

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2006年6月14日 (水)

嫌われ松子の一生

うう~ん、またものすごい映画を観てしまいました。皆さんもご存知だと思いますが、「嫌われ松子の一生」でございます。例によって小説を読まずに映画を観たのですが、小説での‘松子の一生’はどういう描かれ方をしているのでしょうか?気になるけど、読むのがちょっと怖い気もします・・・。

嫌われ松子の一生 (上) Book 嫌われ松子の一生 (上)

著者:山田 宗樹
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

東京荒川の河川敷で死体となって発見された、川尻松子(53)。その甥の笙は、九州で暮らしている父親(松子の弟)のかわりに、存在さえ知らなかった叔母・松子の暮らしていたアパートの整理をすることになる。うまくいかないことばかりで自暴自棄に生きていた笙だが、いろいろな人から生前の松子にまつわる話を聞くうちに、その人生に興味を覚えるようになる・・・。

以下ネタばれです。

予告などを見てわたしが勝手に想像していた松子という人は、‘どんなに不幸に見舞われてもそれをものともせず、ターミネーターのごとく起き上がり幸せに向かって邁進するとことん楽天的な女性’ だったのですが、それはちょっと違っていました。確かに松子のまわりにはいつも花や蝶や鳥が舞い踊っているし彼女自身も常に歌っているけれど、決して楽天的なわけではないし、ちゃんと(という言い方はおかしいけれど)ダメージも受けている。「なんで?」と呟き「なんでーっっっ!」と絶叫しながらもそのダメージを乗り越えて次の幸せを見つける松子ですが、‘ゼロからのスタート’ではなくいつも‘マイナスからのスタート’で、しかも誰かに裏切られるたびにそのマイナス度は大きくなっていくので、観ているほうもかなりのエネルギーを必要とされます。

Matsuko_0614_1_2 松子の人格や人生に大きな影響を与えたのは父親の存在でした(イのつく人やジャのつく人を思い出しますねえ・・・)。病弱の妹ばかりを可愛がる父親に愛されたくて、‘こうしたらきっとお父さんは気に入ってくれる’という判断基準のもとに生きていた松子でしたが、ある時、自分が妹より愛されることは絶対にないのだと思い知らされます。同じ頃、ちょっとした誤解から大きな問題を引き起こして勤めていた高校をくびになってしまった彼女は、勢い余って家を飛び出しました。いろいろな男に出会っては裏切られる<総天然色の不幸の見本市>な人生の始まりです。
子供の頃に‘おとぎばなしに出てくるお姫様のような人生’に憧れた松子なのに、恋に落ちる男が揃いも揃って‘白馬に乗った王子様’からは外見的にも内面的にも程遠いというのはなんとも皮肉で現実的。実際の生活の中でそんな王子様(あるいはお姫様)のような人なんてそうそういるわけないもん。いや、というより、よく‘好きになった人が理想のタイプ’なんて言いますが、松子の場合は‘好きになった人が白馬に乗った王子様’だったのかもしれません(えらく許容範囲が広い松子ですが、監督によると‘誰でも良かったわけではない’とのこと。うーむ、人の心の摩訶不思議さよ)。
そしてそれ以上に皮肉だったのは、<自分を愛してくれていなかったはずの父親>も、<衝動的に首を絞めかける程の憎しみを覚えてしまった、父親の愛を独り占めしていた妹>も、死ぬ間際まで松子のことを案じて気にかけていたのに松子はそれに気付けなかったということ。また、松子を本当に愛した男たちも確かにいたのに、愛情の表現方法を間違っていたり、気付くのが遅かったりで松子を幸せにすることができなかったということ(うーん、またもちょっとイニス?)。松子のためを考えて彼女を捨てたやくざの龍は、松子の自分への愛情が、まるで神様が不完全で欠点だらけの人間を丸ごと愛してくれるようなものだったことを悟り、刑務所の中で号泣します(で、わたしも号泣)。

‘この人となら地獄に行っても幸せ’とまで思っていた男(やくざの龍)にも裏切られてしまった松子。彼女が晩年暮らしたアパートの近くには、故郷にあるのと似たような川が流れていました。泣きながらその川を眺め、もう誰も信じない、もうどうでもいい、と引きこもりのような生活をおくっていた松子ですが、あることをきっかけに‘あたしまだやれる!’という希望を持ちはじめます。ところがまた人生をやりなおそうとしたその時に、なんとも理不尽な理由で松子は殺されてしまいました。笙は思います、‘叔母さん、あなたの人生って・・・’。しかし最後には、笙も、松子自身も、彼女の人生はただ悲惨なだけのものではなかったということに気付くのです。観客もそれを教えられます。

良い映画というのは、ラストが本当に印象的(少なくともわたしが好きな映画にはほとんどその法則があてはまる)。
この映画のラストでは、まるで松子の魂が生まれ変わったかのような風が川面を吹き抜けていき、観客はその風と共に彼女の人生を振り返ることができます(監督の意図したところは違うのかもしれませんが、わたしにはそう感じられました)。詳しく書きたい気持ちはあるのですが、もったいないので(?)やめておきます。どんなに素敵なラストなのか、これはちゃんと自分の目で見てもらったほうがいいので。ただ、階段を幸せそうに歌を歌いながらのぼっていく松子がとっても綺麗だったこと、「お姉ちゃん、お帰り」「ただいま」という会話とその後の松子の笑顔に、彼女が本当に望んでいたささやかな幸せを教えられて、またも涙と鼻水で呼吸困難に陥ってしまったということは強調しておかなければなりませぬ。
「下妻物語」も大好きだったけど、「松子」はそれ以上でした。スタッフやキャストの方々にお礼を言いたくなる映画が、またひとつ増えてしまいました。嬉しい限りです。

Matsuko_0612_1_1 「嫌われ松子の一生」
(2006 日本)

‘不幸って何?’

人の幸せや不幸というのははたから見るだけでは判断できないんだなあ・・・。

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2006年6月10日 (土)

カイロの紫のバラ

Purplerose_0610_2_1 今回のこじつけBBMは「カイロの紫のバラ」。ご覧になれば分かるとおり、ブログのタイトルはこの映画から拝借しました。どこがBBMを思い出させるかというと、ラストの余韻、かな?(ほんとにこじつけ・・・。そんなことを言ってたらほとんどの映画がBBMを思い出させることになっちゃいますね。でも最近のわたしはそういう状態なんです~。)しかし再見してみたら、意外にもBBMに共通する部分をいくつか見つけることができました。まあこれもこじつけと言われればそれまでなのですが、ひー。

第2次大戦中のアメリカ、ニュージャージー。不景気の真っ只中、働かずにぐうたらしている夫の代わりにダイナーでウェイトレスをして家計を支えているヒロインのシシリアですが、失敗ばかりで店のオーナーからはにらまれています。日々の暮らしに追われ楽しいことなんて全然ないけれど、町にたった一つしかない映画館で大好きな映画を観ているときだけは幸せな気分に浸ることができました。そんな彼女の最近のお気に入りは『カイロの紫のバラ』という映画。中でも探検家トムバクスターという登場人物はシシリアの心をとらえて離しません。
ある日、夫のいい加減さにいつものように傷つけられ、挙句の果てに度重なる失敗のせいでとうとう店をくびになってしまったシシリア。ふらふらと映画館に向かい『カイロの紫のバラ』を繰り返し観て、とうとう5回目になったときそれは起こりました。なんとスクリーンの中からトムバクスターが彼女に話しかけてきたのです。「君は本当にこの映画が好きなんだね。…もう5回も観てる」 シシリアに恋をしたトムは、彼女と一緒にいたいとスクリーンの中から抜け出してしまいます。困ったほかの登場人物たち、映画館の館主、映画の製作者たち。話が進まなくなって混乱状態になった映画を観に来る観客。そしてトムを演じた役者のギルシェファードが、取り返しのつかないことをする前にトムをスクリーンの中に戻すべくハリウッドからやってくるのですが・・・。

Purplerose_0610_4 以下ネタばれです。

この映画の登場人物の中に、わたしはアルマやイニスやジャックを見るような思いがしました(ラリーンは見つけられなかったけど、もっとよく見たらいるのかも)。
シシリアの夫はちょっとだけイニス。ロマンティストで、‘愛があれば’ とシシリアに情熱的に求愛するトムは、ジャック。トムと同じくシシリアに恋をしたのに、その思いを封じ込めてシシリアを騙すような形でハリウッドに戻るしかなかったギルは、イニス。そしてシシリアはアルマであり、ジャックであり、イニスでした。
真紅さんのところで “わたしの中にもイニスはいる”という記事を、そしてびあんこさんのところで “現実だけで生きていくのは虚しい。夢見るだけでは生きていけない” という記事を読んだ後、更にこの「カイロの~」を観て思いました。シシリアがそうだったように、わたしを含めて誰の中にもアルマやイニスやジャック(そして多分ラリーンも)がいるのだろう、と。

夫に愛されていないという思いをずっと抱えて生きてきたシシリア。トムはそんなシシリアに恋をして、映画の登場人物そのままに彼女にその気持ちを伝え続けます。シシリアは夢心地。 “わたしを愛して大切にしてくれる人がいた!そしてその人は嘘みたいに魅力的!” さらにトム役を演じたギルも、自分の映画を熱心に観て正しく評価してくれるシシリアを初めての理解者のように感じ、恋をし、シシリアにプロポーズする。シシリアはさらに舞い上がってしまいます。トムか、ギルか。選択を迫られたシシリアは、理想的な(架空の人物である)トムではなく、現実に存在しているギルを選ぶ。しかし、選び取ったはずの ‘現実’ も、実は夢にしか過ぎませんでした。シシリアをあきらめたトムがスクリーンの中に戻ったのを見届けると、ギルは何も言わずにひとりでハリウッドに戻ってしまいます。

Purplerose_0610_3_1

幸せになるために、きっと少しばかりの打算ともに‘夢’ではなく‘現実’を選んだシシリアは、打ちのめされる。そして、ギルも帰りの飛行機の中でシシリアに対する仕打ちをもう後悔している(この辺はパンフレットやキネ旬の特集でも書かれていた「いつか晴れた日に」のウイロビーのエピソードを彷彿とさせます。ギルのシシリアへの思いは絶対に嘘ではなかったはずです)。シシリアの選択も、ギルの行動も、分かるんだけどなんとかならなかったのかな・・・。あまりにも救いがなさ過ぎるな・・・。BBMの小説のラスト、 “自分が知ったことと、信じようとしたことのあいだには、いささか隙間が空いていた。だが、それはどうすることもできない。そして、自分で解決できないなら、それは我慢するしかないのだ。” という文が頭に浮かびます。しかし。

あまりのショックに打ちひしがれたシシリアは、また無意識のうちに映画館の座席に座っていました。今度の上映作品は、フレッドアステアとジンジャーロジャースの「トップハット」(これは実際にある映画。わたしも「カイロの~」の影響でビデオを借りて観ました)。それを観ながら、少しずつ少しずつ微笑みを取り戻していくシシリアのアップでこの映画は終わります。自分で解決できない、どうしようもない現実の中でも、イニスの人生やシシリアの人生はこれからも続いていく。たくさんの後悔と、孤独と、きっと少しの甘さを秘めて。ここのところが、BBMを思い出させる所以なのでした(そんでまた性懲りもなく泣いてしまうわたしであった)。

うーん、また大したことが書けませんでしたが、長くなったついでにおまけでもうひとつ。

「トップハット」の劇中歌(?)で、「カイロの~」でもとても印象的な「Cheek To Cheek」という曲。この映画を観て初めて知って、大好きになりました。今回歌詞をまた見直してみると、 “まどろみの抱擁=ダンス” の影響で、この「Cheek To Cheek」もジャックの歌のように思えてきました。以下は自分で訳してみました歌詞です。

天国、僕は天国にいる
心臓の鼓動は高鳴ってしゃべることもできない
君と頬を寄せて踊るとき
僕は捜し求めていた幸せを見つけたような気持ち

天国、僕は天国にいる
ここのところ僕を悩ませていた心配ごとも
ギャンブラーのツキみたいに消えていくよ
君と頬を寄せて踊るとき

山に登って頂上にたどり着くのもいいけど
君と頬を寄せて踊るときのようにはぞくぞくしないし
川で釣りをするのも好きだけど
君と頬を寄せて踊るときみたいには楽しくないんだ

ああ 僕と踊っておくれ
君に腕をまわして踊りたいんだ
君の魅力が僕にそうさせるんだよ

天国、僕は天国にいる
心臓の鼓動は高鳴ってしゃべることもできない
君と頬を寄せて踊るとき
僕は捜し求めていた幸せを見つけたような気持ち

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2006年6月 1日 (木)

グッドガール

グッド・ガール DVD グッド・ガール

販売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
発売日:2005/10/21
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昨日ついに借りられた「グッドガール」。レンタルビデオ屋さんで見つけたとき心の中で思わず「グーーーーーーッドガーーーーーール!!!」と叫び、帰りの電車の中ではにやにやしそうになりながら(実際にやにやしてたかも) “ジェイクくん ああジェイクくん ジェイクくん ”という俳句を詠む(?)始末。
さて、その感想はというと・・・。

以下ネタばれです。

やはりところどころにBBMを彷彿とさせる部分があって、‘おっ’ と思ったりにやりとさせられたり。テキサス!ロデオ!そして ‘共に祈る夫婦は長続きする’という台詞に、アルマがイニスに教会に行こうと誘うシーンを思い出しました。そしてみなさんが書かれていらっしゃるようにジェイクくんは今回もとても素敵♪で、ジャスティンとホールデンが惹かれあっていく過程には本当ににどきどき。ふたりが初めてキスするシーンではジェニファーアニストン本気でうらやましい、うお~っ代わって~と、地団駄を踏む(?)思いでございました。この映画、とっても好きだー。しかし。

日常的にどんよりと淀んだ空気と、閉塞感(テキサスって西部だからもっと乾燥している印象があったのですが思い込みだったのかな?いや、この場合気候なんて関係ないのでしょうが)。登場人物もみんなバリバリと仕事して趣味もあって人生を楽しんでるという感じからは程遠い。なんとなーく日々を生きて、仕方がないから(他にすることもないから)いやいや仕事して、物を食べてハッパ吸って寝る・・・。ハッパは吸わないにしても、これは自分にも覚えのある感覚です(そしてそう感じたことがある人は絶対少なくないと思う)。その(リアルすぎる)日々の繰り返しにうんざりした主人公のジャスティンがとった行動や選択・自分を守るために下したこれまたリアルすぎる決断・それが引き起こした結果に、わたしは ‘はあ~・・・・・・’ となってしまったのでした。
自分だったらどうするよ?と身につまされすぎて、ジャスティンが自己中な女だというのはわかるんだけどとても責めたり笑い飛ばしたりする気持ちにはなれなかった。確かにコメディなんだけど。笑ったんだけど。居心地の悪い笑いというか、あんまり見たくない物を見せられて思わず苦笑いしてしまうという感じでした。

ベッドに入っても夫にはいつも背を向けて、窓の外を吹く風(!!風ですよ、真紅さん!)を見るともなしに見ていたジャスティン。ホールデンに出会って、いつもと同じように風を見ている視線に、きらめきが戻ってくる。“暗闇で暮らしてると 一筋の光が眩しく思える” その見つけた光もやがて重荷になっていく。 夫との人生を選んだ彼女の選択によって自殺に追い込まれるホールデン。そして、実はジャスティンと同じようなことを思いながら暮らしていた、‘頭では何も考えないブタ’ だと彼女に思われていた夫。ジャスティンが浮気を重ねたのは精神的に満たされたいと思っていたからなのに(音声解説より)――― これもまた、“ままならない(しかも皮肉な)人生” を描いた物語なんだなあと、観た後ちょっと落ち込んでしまいました。えらそうに聞こえるかもしれませんが、この脚本とてもよくできてますよね?
最後に、またベッドの上で風を見ているジャスティン。赤ちゃんを抱いた夫が隣に来て、彼女の視線は ‘風’ から ‘自分の選んだ人生’ に戻ります。しかしそのシーンにかぶさるモノローグは、ホールデンがジャスティンを主人公にして書いた物語のラスト “ふたりは荒野を目指して旅立ち、消息を絶った” ・・・。彼女は本当に賢い選択をした「グッドガール」なのかなあ、はあ・・・。「テルマ&ルイーズ」のようにジャスティンとホールデンが逃げていたらどうなったかなあと、考えてしまったのでした。

Goodgirl_0601 それにしてもジェイクくんのキュートなこと!最初は胡散臭そうに見ていたブラックベリーを、「甘いよ♪」と言ってむしゃむしゃ食べるシーンでは完璧にノックアウト!でもキュートだけでなく不気味さをかもし出す瞳の表情は、本当にすごいのひとことです。次にどんな反応を見せるのか、あどけないようなやばいようなそんなホールデンだから、ジャスティンもあんなに深みにはまってしまったんでしょうか。そういうサイコっぽいところとNG集で素に戻ったときとのギャップがすごすぎて、またそこでクラクラしてしまいました。あーなんでこんなに可愛いの???
そして、削除シーンの「笑い事じゃなく愛してる」と言う台詞に身悶えした方いらっしゃいませんかね?わたしはしましたよ~。ほかにもそういう年上の女殺しな台詞がいくつかあって、やられました・・・。音声解説で監督が ‘ホールデンはジャスティンのために(たしかこうだった、もしかしたら違うかも)全てを犠牲にしてしまうんだ’ と言っていましたが、ジェイクくんは本当に一途というか健気というかそういう役が似合うんだー。わたしが観たのはほとんどそうでした。でもこれからはそういう一途さを踏みつけにするようなものすごく嫌な役もしてみてほしいなあ。それでもジェイクくんが演じてるならきっと好きになれると思うから♪

脇役の俳優陣もジェニファーも好きだった、これまた拾い物の一本。自分とこで上映してたのに、当時からジェイクくん好きだったのに、なんでかその時は観なかった。でもジェイクくんへの愛が高まっている今に観たからこそ、良さがもっとよく分かったのかもしれません。ということはやっぱり今観て正解だったということですね。

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