ブロークバック マウンテン

2006年11月 5日 (日)

ブロークバック マウンテンがくれた贈り物

いつもお世話になっているしじみさんから、バトンをいただきました(書き上げるのが遅すぎです・・・しじみさん、申し訳ありません)。
題してブロークバック マウンテンがくれた贈り物’
以前書いたことと重なるところもあるかと思いますが、その辺はご勘弁ください。

1.BBMを見たことをきっかけに、初めてしたこと、出来たこと、始めたこと

インターネットでいろいろな方の感想を読むために、パソコンのウイルス対策のソフトを買いました(←それまで使っていたのは有効期限が切れていたので、パソコン開くたびに警告サインが出る日々が何ヶ月も続いていたのでした。しかしネットにつないでまで調べたいということも特になかったので、「もういいや~」とそのままにしていた筋金入りのめんどくさがり屋、それがわたくしという人間です)。

で、そのソフトを使うためにはアドレスを設定しなければならないということだったので、結婚して家を出て行くときに姉が「わかんないことがあったらこれ見て」と残していった説明書とにらめっこしながらアドレスをつくって(機械オンチのわたしにもつくれるんだなあと感心しました)、遂に文明人の仲間入りを果たしました!それからやっとネットサーフィンにこぎつけ、書き込みをし、ブログを始めたのでした。
何度も書いてるけどほんとにいまだに信じられません、こんなにパソコンが手放せなくなる日が来ようとは・・・。

そして他に初めてしたことと言えば、オンラインショッピング。あれ以来何も買っていないけど。あまりにも簡単に買えてしまうので、意識して自粛しております・・・。

2.BBMにはまって買ってしまったもの、今後買いたいもの

ほとんどの方と同じです。
原作の小説、パンフレット、特集雑誌何冊か、サントラ、脚本、DVDぐらいかな?
あと、‘買ったもの’ではありませんが、衛星放送やケーブルテレビを見られないわたしは心優しい友人に頼んでゴールデングローブ賞とアカデミー賞、MTVムービーアワードの録画をしてもらいました。ありがとうTさん、Sくん!

今後買いたいものは・・・DVDプレーヤーと、新しいテレビ(これはいつか絶対買わないといけないんですけどね、今のブラウン管テレビはその内見られなくなってしまうんだから)。できれば音響装置も充実させたい。風の音がリアルに聞こえるように。あ、もっと贅沢を言うならホームシアターを作りたい!おっきな画面で観たいから~(←けちんぼが何をほざいているのやら)。
それに、今ラジカセが壊れていてパソコンのショボいスピーカーでサントラを聞いているのでちゃんとした物が欲しいです。

そしてこれは実現するのかかなり怪しいですが・・・充実した特典がついたDVD(←どっかの会社さんが出してくれたならどんなに高くても買っちゃうんだけど)。
実はわたくしあの特典内容にはかなり不満なのでございます。ファンのこの映画に対する並々ならぬ愛情に、あれでは答えきれていないと思うのですが、皆さまいかがでしょう?せめて音声解説付けなさいよ!監督と主演ふたり(他の出演者賀にも来ていただけたらもっといいなあ)、監督と製作者・脚色担当、監督と原作者の3種類を希望します。どうだ、わかったかコノヤロー!(←なんで喧嘩腰?)

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3.BBMを見て気付いたこと、考えたこと

まず、映画の素晴らしさを再発見。久しぶりにこんなに心を持っていかれる映画に出会って、冷めかけたと思っていた自分の映画に対する情熱がまた燃え上がりました。

そして、これまでも何度も書いてきたとおり‘寛容と不寛容’について考えるようになり、それを今後の人生のテーマに据えました。具体的に何かをしているわけではないけど、なるべくたくさんのものを受け入れていけるようになりたいなあ・・・と、現在修行中(でも難しい・・・。前から充分承知しておりましたが、わたしの許容範囲はやっぱりかなり狭いです)。

で、映画(物語)には人の人生や考え方を変えるパワーがあるのだということを思い知らされました。それまでも大好きな映画はたくさんあったけど、自分の生き方や世界のあり方とか、そんなものに引き比べて考えるようなんてことはあまりしてこなかった気がする。でも、BBMに出会って、小さな変化かもしれないけれど確実にわたしは変わったと言い切れます。

また(小娘のようなことを言いやがって~などと皆さんに思われてしまいそうですが)、‘好きだ’という気持ちだけではどうにもならないことがあるんだなあと心底実感させられました・・・(ちなみにこういう気持ちを抱いたのは、映画史上に残る傑作に対してばかり。『ローマの休日』とか、『ひまわり』とか、『追憶』とか)。
幸せになれたはずなのに、別れなければならないふたり。でも、幸せな時期も間違いなくあったふたり。すんごくオーソドックスなラブストーリーに魅かれてしまう自分に気付いてしまいました。

4.BBMに感謝したいこと

それはもう、皆さんに出会えたことです!そして、そのおかげで自分の世界を少し広げられたこと。BBSの悪質な書き込みなども含めて、素敵なこと・そうでないことの両方について知るきっかけになりました。

あとは、これまであまり何も考えずに日々をなんとなく暮らしていた自分の横っ面をひっぱたいて、そんなんじゃいかんのだと気付かせてくれたこと(そのおかげでか?以前より感受性が豊かになったらしく、今年観た映画には当たりが多い!と思えます。関係ないかな?いやいや、大ありです、きっと!)。

今まであまり気にしていなかったような物事について、考える機会を与えてくれたこと。

それまでの自分だったら物怖じしてきっと手を出さなかっただろう新しいものにチャレンジしようと思える心意気?をくれたこと。

そして、親御さんたちが子供さんに「生まれてきてくれてありがとう」という気持ちになるように、わたしがリアルタイムで観られる時代にBBMがこの世にこういう物語として出てきてくれたこと、それ自体に感謝したい!

・・・うーん、なんだか何を書いているのか分かんなくなってきたけど、つまりそういうことなのでした(←???)。
しじみさん、こんなんでよろしいでしょうか?遅くなったわりには、大したことが書けませんでした・・・。

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2006年10月16日 (月)

『ブロークバック マウンテン』に教えられた、答えの出ないこと(2)

前々から書こう書こうと思いながら、何をどう書けばいいかわからなくて先送りしていたのですが・・・BBMのBBSについてです。

以前‘BBMを知ってからの半年間’を振り返ったときに書かせていただきましたが、BBMについての感想を初めて書き込んだ4月以来、毎日とは言わないまでもちょくちょく定期的に覗かせていただいておりました。
一時期は書き込みも減り淋しい思いをしていましたが(自分は書き込まないのにこんなことを言うのはおかしいけど)、DVDの発売後また賑わうようになって、「おお、やっぱりこの映画には衰えない力があるんだわ~」と嬉しくなった矢先。過去の書き込みが消されてしまうという大変ショックな出来事が起こってしまいました(皆さんもうご存知ですよね)。

その直後の書き込みから推察するに、どうやらBBS上でけなしあいのようなトラブルがあったらしく(その当の書き込みはわたしは拝見していないのですが)。まさかそれが原因???と自分が引き起こしたことでもないのに動悸がするほど(←大げさではなくその時ほんとにドキドキしてた)ショックを受けたわたし。
しかし実は一万件を超えた結果だったとわかってホッとしました。それと同時に、今まで皆さんと共有してきた気持ちや思い出といったものが消えてしまったような気がして、感じた喪失感はかなりのものでした(←これも大げさじゃないんですよ~)。

でも実は、この‘けなしあい’の頃から雲行きは怪しくなってきていたのかもしれません・・・。

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消えてしまった思い出を振り返り、物思いに沈むわたし・・・なんちゃって。

その後、この痛手を乗り越えた(やっぱり大げさ?)皆さんがまた新たに感想を書き込んでくださるようになり、本当に嬉しく頼もしい思いがしていたのですが。
これまた皆さんご存知のように、一万件を超えてからの書き込みには一種異様なものが混ざり始めました。がっかりを超えて「何言っとんの?」と怒りすら感じるものもあります。こういうことは以前からあったのかもしれないけど、最近は格段に増えてきているような気がする。BBSには、

人を傷つけたり中傷、批判的な内容のものは直ちに削除します。またそのような書き込みが続くようであれば、残念ながら本サイトを閉鎖させていただきます。

とあるのにな・・・。どういうこっちゃ???違反しとる人いっぱいおるやんけ。

意味不明のURL羅列書き込み(このブログにもよく来るけど)は、見つけたら「あ、これは飛ばそ」と自分ですぐ判別できるからまだよいと思うのです。確かに不快だし、めんどくさいけど。
しかし日本語の、個人攻撃しているもの・映画を根底から否定したもの・書き込む先を間違ってんじゃないの?というやらし~いものなんかは、読んでからでないと判断できないのでとても厄介です。

しかし。これも前に書いたから繰り返しになってしまうけど、こんな書き込みをした人たちにもその人なりの考えがあるはず。これを頭から否定することは‘不寛容’になってしまう?
でもこれらの書き込みのせいで(わたしを含め)多くの方たちがとても悲しい思いをなさっているのは紛れもない事実。うううう、どうすればいいの?どうやって折り合いをつけたらいいの?ここまでは許されるなんていう範囲は、果たしてあるの?出た、‘不寛容への寛容’。

さっきBBSを覗いたら、監督をかなりきつい言葉で攻撃しているものがありました。それまでも「うぎゃあ~~~っ、なんじゃこれ~~~っ」と思わされる書き込みはあったけど、この監督についてのものにはほんとにびっくりしてしまった。BBMを大事に思っている人に、明らかに喧嘩を売ってる。こんな考え方を受け入れるなんてよっぽど人間ができてないと駄目な気がするんだけど、それでも頑張らなきゃいけないのでしょうか?
しかしこういう相互理解の欠如?が発展した結果が‘戦争’なのかしら、とも思うし。ほんとにどうすればいいんだろう?それともそこまで大げさに考える必要はないのかなあ。

というわけで、今わたしは心底困って悩んでいるのです・・・。皆さま、どうしたらいいのでしょう?新聞の‘人生案内’なんかに相談したら、よい答えが見つかるのかな?でもきっと自分で考えないと意味ないんだろうし・・・。うお~~~っっっ。

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2006年10月 8日 (日)

ブロークバック マウンテン:お母さんの手

BBMの病にかかっているならほとんどの方が好きに違いない、ジャックのお母さん。
ジャックの実家にやって来たイニスに見せる、お母さんの優しさと悲しさ。この場面のおかげで、数分しか出てこない彼女がわたしの中では主要登場人物のひとりになっています(たぶん、いえ、絶対に皆さんもそうですね)。

とても印象深い、大好きなこのせりふ;

You come back and see us again.”

こう言うお母さんの手が喉元に押し当てられているのを見て、以前書いた『蜘蛛女のキス』のことを思い出しました。以下は小説『蜘蛛女のキス』からの引用です。

「あたし、疲れ切ってるのよ、バレンティン。辛い思いばかりするんで疲れちゃったの。あなたには分からないだろうけど、体の中が痛くて仕方ないのよ」
「どこが痛むんだい?」
「胸の中、そして喉・・・・・・。悲しみってどうしていつもそのあたりで感じるのかしら?」
「確かにそうだ」
「で、今、あなたったら・・・・・・あたしが泣きたいのをこらえさせちゃったでしょう。だからもう泣けないじゃない。これはなお始末が悪いのよ、喉にしこりができて、締めつけられるみたいな感じで、ものすごく苦しいの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あんたの言う通りだ、モリーナ、悲しみを一番感じるのはそこんところだ」

少し前に、9/7の‘小さな国際交流?’の記事で書いた叔母と真面目な話をしたのですが、叔母はこんなことを言っていました(どうしてこんな会話をするに至ったのかはここでは省かせていただきますが)。
「母親っていうのはどれだけ経っても子供のことが心配だし、自分の子供が誰かからひどい扱いを受けたら本当に悔しいもんなのよ。どんなことがあっても子供の味方であろうとするもんなの」

叔母にこう言われた時、母を安心させる為にはちょっと自分を改めなきゃいけないなあと感じたのですが・・・。わたしには子供がいないけど(これから子供を持てるのかもわからないけど)、分かっているつもりだったけど、やっぱりお母さんってこんな感じなんだよな、と強く思いました。

そしてDVDで『ブロークバック マウンテン』を再見して、上記のようにお母さんの手が喉のところにあるのを再確認したら、なんというか・・・、今まで以上になんとも言えない気持ちになってしまったのでした。あの手は、悲しみが表に出てきてしまわないように無意識のうちに喉のところに添えられたのかな、と。
息子の、普通の人とは違うところ(こんな風に書くのはものすごく抵抗があるけど)にも気付いている。そして、彼がなぜ死んだのかその本当の理由も知っているに違いない(とわたしは思う)両親。叔母の言葉を思い出して、たまらなくなりました。

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で、ここからはこの画像をお借りしたサイトにあったR.マクスウェルに関する記事を自分で訳したものを(無断で・・・)載せます。お断りしておきますが、すごく長くなりますし果たしてきちんと訳せているかどうかもかなり怪しいです(そしてかなり意訳?)。

R.マクスウェルは『ブロークバック マウンテン』だけで我々に強烈な痛みを与えた女優ではない ― レジャーの娘、捨てられた恋人を演じたK.マーラとL.カーデリーニ、さらに不幸せな妻たちを演じたM.ウィリアムズやA.ハサウェイも素晴らしいが ― しかし彼女は、この映画のラスト手前の場面で論ずるに値する成功を収めた。

マクスウェル演じる母親と(優れた俳優であるP.マクロビー演ずる)不機嫌なホモフォビアの夫が、レジャー演じるイニス・デル・マーと息子のジャックの間にどのような関係があったのかを知っていることは明らかだ。しかし悲しみの浮かんだ彼女の表情は、イニスがやって来たとき、受容と深い同情に溢れてもいる。そして同時にこれらは全て夫のガラガラヘビのような気質(ここの訳、変です・・・)への恐れに縁どられている。

マクスウェル、ロビー、レジャーの静かだが痛烈な相互作用は映画の悲しみを最大限にまで増し、そしてそれに続く、娘が結婚すると告げに来た後、イニスとジャックのシャツがトレーラーに残される場面で、この映画の最終的な成功は決定付けられた。

事実、マクスウェルの場面を見れば見るほど、結末に向けた彼女の絶妙で控えめな表現があってこそ最後の10分ほどが感情に訴えかけるものになっていることがよくわかる。
彼女の瞳にはこの映画の全てが表われているのである。

そして彼女がこれをやってのけるには、ほんの数時間しかなかった。

~中略~

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「セットに到着した時、みんなは帰る準備をしていたの」と、彼女は思い返す。「そこでの撮影のまさに最後だったのよ」

ジャックの母親は“生涯ペンテコステ派のクリスチャン”なのだとマクスウェルは言う。「そしてこの場面で、彼女は夫が(イニスとジャックの)この関係をどう感じているかについて、そして彼女自身が耐えてきた残酷さと苦しさに対して、緊張や恐れを抱いていることが窺える。でも、ジャックがとても愛されていたのだと知ることができて、彼女はイニスに深い共感を抱くの」

マクスウェルはこう思っている。『ブロークバック マウンテン』のキャスティングディレクターであるA.カウフマンは、マクスウェルが『デッドマン ウォーキング』でS.ペン演じる死刑囚の母親役を演ったことにより、A.リー監督との打ち合わせを数ヶ月早めたのではないか、と。「わたしには悲しい母親としての歴史があるってわけね」

~中略~

『ブロークバック マウンテン』は9月はじめから映画祭などの観客向けに上映されていたが、マクスウェルは12月9日に一般公開されるまで観ることはしなかった。
「あの、わたしたちの場面に本当にショックを受けたの」彼女は思い出す。「あの厳しさと簡素さ。リーがどんな風にそれを録っているのか。例えばヒースの肩にわたしが手を置いたときなんかを。隣に座っている友人(たぶんヒースのこと)をわたしはぎゅっと掴んだのだけど、とても不思議に感じたの。この年老いた手・・・これはわたしの手なの?そう自分に尋ねたわ」

~中略~

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10月初旬、マクスウェルの演技は他の誰でもない原作者のA.プルーから絶賛された。以下はマクスウェルを涙させた手紙からの一文である。

“親愛なるR.マクスウェル様
厳しく、やかまし屋である夫の打ちのめされかけた妻、そして、ケーキとコーヒーのくだりのほんの数行からジャックにとってイニスがどういう存在であったのか彼女は知っているのだとわからせてくれる・・・まさにこれ以上にない表現です。こんなに少ない手がかりからあなたがどうやってこのような演技をしてくれたのか、わたしには見当もつきません。
たくさんの感謝を込めて、A.プルー” 

~以下略~

すごく素敵な手紙のはずなのに、わたしの英語力では訳しきれないのがとても残念なのですが。
プルー氏もおっしゃっているように、映画でのジャックのお母さんは小説よりもずっと多くのことを物語っています。服をきちんと整えてイニスを出迎える様子、背筋をピンと伸ばして立っている姿。イニスの肩に置かれる手。シャツを袋に入れるとき、去ってゆく息子の形見をいとおしむかのようにほんの一瞬手を止める、その動き。その全てが、息子への、息子が愛した人への彼女の愛を表している。お母さんのためにも本当にジャックには生きていてほしかった・・・と書くと、また堂々巡りになってしまうけど。

しかし困りました。この調子で行くと、確実に毎年秋にはBBM気分になってしまいそうです。うーん参ったなあ・・・なんて言いながらも、やっぱりお山のことを考えつつ今日はこの辺で。

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2006年9月28日 (木)

『ブロークバック マウンテン』に教えられた、答えの出ないこと

DVDが発売されて、また別の方々の新たな感想を読めるのではないかしらといくつかのサイトを見てまわりました(いまだに他の人がこの映画についてどう思っているのかが気になってしまうんです、なぜでしょう?)。ホームページの掲示板にもまた書き込みが増えてきたし、いろいろな考え方があるんだなあと興味深く読ませていただいています。しかしたくさんの方の感想を拝見していると、時々「えっ、それはちょっと~~~・・・」という意見に出会うこともあったりして。

ブログを始める前までよく行っていたみんなのシネマレビューというサイトがあるのですが、ここでのBBMの扱われ方がけっこうすごい・・・(あくまでわたしの個人的な印象です。このサイトをどうこう言うつもりは全くありません~)。10点中5点だの6点だのという評価が多いのを見て、公開間もない頃のものすごくBBM色に染まっていたわたしは「あまりにもひどすぎる!不当だ!」と憤ってしまい、10点つけてぷんすかしながら引き上げてきたもんでした(ちなみに、あれから何ヶ月も経った今でも10点つけてるのはわたしひとりのようなんですが・・・なんでだ~~~???)。

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大好きなこの画像を入れて頭を冷やそう・・・なんちゃって。

でも、こういうサイトというのは自分の率直な考えを表す場なので、他人の意見に無理に合わせるなんてことをする必要はないのです。そして、合わせろやコラ~!なんて強要することはもっと駄目。そんな真似をしたら、イニスとジャック、そして彼らの周りの人々を苦しめた“不寛容”を認めることになってしまうから。
ただ、この映画をけなしている人を見ると‘なんでわかってくれないの?’と悲しくなるのもやっぱり事実で、なんとか良さをわかってもらえないものかしら・・・と思ってしまうのです。

しかし、8/25の記事『皆様へご報告・つづき』でご紹介させていただいたBBMについての映画評に、こういうものがありました。皆さん覚えていらっしゃるでしょうか。

マイケル・コレスキー (インタビュー/2005年12月、2006年1月合併号)
もしここが完璧な世界であったなら、この慎み深くて力強い『ブロークバック・マウンテン』は、一般的にエピック・ラブストーリーとして受け入れられていたにちがいない。しかし、政治的/宗教的な物議が絶えることない現実世界においては、アン・リーによる胸を突き刺すようなこの映画は、やはり革新的なのだ。

この評を読んだ時、BBMに批判的な人がいるのも仕方ないことなんだとわたしはすごく納得できました。そして、皆さんの反感を買うことを恐れつつ小さな声で言わせていただくと、もしも全ての人が絶賛してくれるような‘完璧な’世の中だったなら、このBBMという映画は必要ないのかもしれない、とも思ったのでした。

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そして、BBMを批判する方もいるし、真紅さんも書かれているようにBBMを好きな方の中でもいろいろな意見があります。その考え方のひとつひとつが尊重されるべきで、違うからといって排除されることがあってはならないのですよね。‘完璧な’世の中にするためには、違いを認めたうえで相手を受け入れなければならない。あ~、やっぱり“寛容の精神”です。

かなり前にびあんこさんのところにこんな感じのことを書き込ませていただきました。

“この先の人生で自分がどれだけのものを受け入れて生きていけるか、尋ねられているような気がする”

ジャックのお母さんが息子の全てを愛したように、なんてことは無理でも、近づく努力はしなきゃいけないよなあと思います。
うーん、でもかなり難しい。どうすれば実践できるでしょう?これも前に書いた気がするけど、“不寛容への寛容”ってどうしたらいいの?こうなると宗教の問題になっちゃうのでしょうか?うーん。
と、いつになく真面目に考え込んだまま今日はこの辺で。だって何を書いているのかわからなくなってきたし、やっぱり簡単に答えは出ないも~ん。

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2006年9月26日 (火)

ブロークバック マウンテン:山の影響力

日曜日、やっと4ヵ月半ぶりに『ブロークバック マウンテン』(←なんだか略さずにちゃんとタイトルを書きたい気分)を観ることができました。
すごく懐かしい、会いたくてたまらなかった人に再会できたような気持ちで、メインメニューの画面で『The Wings』が流れ出したとたんになぜか泣きそうになってしまいました。

観終わった後に自分が今まで書いてきた記事を読み直してみたら、あまりにも内容が浅すぎてがっかり・げんなり。でも書いてしまったものは仕方ありません~。
というわけで、今日の記事も例に漏れず極めて個人的でどうでもいいような(しかもかなりささやかな)感想になります。よろしければお付き合いください。

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やっぱりこのシーンがすごく好きだった。

‘初めて観たときはこんなふうだった’というのは以前記事にしましたが、実を言うとその他にも感じたことがありまして。日めくりカレンダーにでも載ってるんじゃない?というようなその感想をここで暴露してしまうと、

‘イニスとジャックに恥じないように(?)毎日をちゃんと生きていこう’

イヤ~、恥ーずーかーしーい~~~。ものすごく的外れな感想だというのはわかってるんだけど、でもふたりを見ていてほんとにそう思ったんですよね、あの時のわたしは・・・。
で、実際に、めんどくさくて伸ばし伸ばしにしていたことを少しずつ片付けていきました。どうでもいいようなことばっかりなのですが、例えば、伸ばしっぱなしにしていた髪を切りに行ったり、スニーカーを洗ったり、部屋の掃除をしたり。
しかしその決意も長続きはしなくて、結局いつの間にか普段どおりのだるだる~とした生活に逆戻りしてしまったんですけども。

そしてこの夏、仕事に対して全くやる気が起きなくて、毎日毎日出勤するのが苦痛でたまらなかったわたし。特にこの何週間かはいやいや働いているせいでいくつかミスをして、‘あーもう辞めちゃいたい病’がもうピークに達していました。
でも、日曜にBBMを再見して、イニスとジャックの生きざま?を見て仕事に臨んだ月曜日。なぜか、今までみたいに嫌だーイヤだー帰りたーいという気持ちにはならずに、目の前の作業にただ無心に集中することができたのでした。なんでだろう?こじつけ・思い込みと言われてしまうとそれまでなのですが、それでもやっぱり、これはふたりの影響なんじゃないかな?とわたしは思っています。イニスとジャックの人生を思うと、こんなことで文句言ってる場合じゃないじゃろ、自分!きちんとやるべき事はやろうよ、自分!ちゃんと部屋の掃除しようよ、自分!シャツにアイロンかけようよ、自分!(←キャ~、どんだけめんどくさがりかがバレてしまう~)
“BBMを知ったことでわたしの人生はこんなに変わった!というシンポジウムが開かれたら~”というコメントを以前沙斗魔さんからいただきましたが、人生だけでなく、もしかするとわたしの場合は意識や考え方もも少ーしだけ良い方向に変化できたのかな?なんて思ってしまったり。後はこの変化をどれだけ持続させることができるか、なんですが。うーん、できるだけ努力してみよう・・・。全然当てにはならないけど。

以上、自分のことばかり書いてしまいました~。あ、いつもですが。

Brokeback_0509_10_1 

更にどうでもいいこと。
わたしはAMAZONではDVDを買わず、いつものお店で予約しました。土曜日に取りに行って、DVDを入れた鞄を膝にのせて電車に揺られて帰ったわたしは、あのシャツ(=ジャック)を助手席に乗せて家路に着くイニスの気持ちの何百分の一か(何千分の一か、かも)がわかったような気がしたのでした。妄想もここまで来ると、あっぱれですなあ(←自分で言うな)。

しかし、ひゃー。今日の記事は恥さらしまくりになってしまいました。いやーん。

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2006年9月22日 (金)

トホホな偵察結果

BBMレンタル開始日の昨日、さっそく偵察に行ってきましたが・・・結果は全敗でした。

通りがかりに見つけたお店では入荷数3→貸し出し中ゼロ
ときどき借りに行ってるTSUTAYAでは入荷数10くらい→でも貸し出し中ゼロ
(もう一軒入会しているお店には今日は行けませんでした。)

うーんガッカリです。皆さん、ぜひ観てくださーい!と、ここで言っても仕方ないのですが。

しかし!ガッカリしながらも、とうとう9/22(金)がやって来ました!土曜の夜にしか観られそうにないわたしのかわりに、みなさん堪能なさってください。よろしくお願いいたしまーす。

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2006年9月15日 (金)

『ブロークバック マウンテン』とわたし(2)

うーん、あと一週間ですね。来週の今日には日本盤DVDが皆様のお手元に届くのか~と思うと、なんだか来し方(とちょっと気取って言ってみたりして)を振り返りたくなってしまいました。
今回は今まで以上に浅ーい記事になりますが、それでもいいよーというお心の広い方がいらっしゃいましたらお付き合いくださいませ。

『ゆれる』の記事で予告のことについて書きましたが、BBMに関しても同じような感じでした。
映画を観るときは本編中はなるべく静かにしてよう!というのがわたしのささやかなポリシーなので(当たり前なんだけど)、仕事帰りに観るときなんかは予告中に腹ごしらえしてしまおうとモグモグモグモグやっていることが多いのですが、BBMの予告が流れた時その食料を貪る手と口は止まりました。

“僕たちは、永遠に離れない・・・・・・『ブロークバック マウンテン』”

ゴックン。(←食べ物を飲み下した音) はー、観なきゃ。(←心に誓うわたし)

で、ちゃんと前売りを買って、初めて観たのは3月26日の日曜日(たしか)。観終わって、帰りのバスの中でパンフレットを開いてぱらぱらと見ていたわたしは、泣きそうになってしまったのでした。
理由はこれ↓

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最初の写真のページ?を捲っていったしめくくりが、この2枚のシャツだったから。反則技だ!もうだめだ、ヤバイ!そう思ってすぐにパンフを閉じました。そして家に帰って熟読していたら案の定涙と鼻水でぐしゃぐしゃズルズルどろどろ。うーんやっぱりバスの中で読まなかったのは正解だったよ、なんてパンフだまったくもう!そしてなんて映画だ!ああこの気分に浸ったまま今日はもう寝てしまおう・・・。
さあ、ブロークバックな毎日の始まりです。
(ちなみに一緒に観たけどパンフレットは買わなかった友人に頼まれて貸したら、「このパンフすごくない?中身が充実しすぎ!」てな感じで驚いていましたー。エッヘン。)

仕事中にもふたりの20年に思いを馳せて涙ぐみ、小説を読んで、雑誌なども買って、もっと重症になったわたしはネットサーフィン?というものを初めて体験。いろいろな方の感想を読みたくて夜中過ぎてもカチカチ、カチッという日々が続き、しばらくしてBBMのホームページの掲示板の存在を知って初書き込み。そこでびあんこさんのブログを発見し、そのおかげでまたたくさんの方々に出会うことができました(改めて、びあんこさん、皆さん、ありがとうございます)。

で、もっと病が重くなりそうで怖いからもうちょっと待っとこうと思っていたサントラを我慢しきれずに買ってしまった4月の終わり。以前にも書きましたが、初めて中を開いたときまたもや泣きそうになったのはこの写真のせい↓

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このふたりの笑顔がCDの下から現れるようになっている、まったくもって心憎い演出のサントラ。
そして思ったのは、スタッフやキャストだけでなく、この物語に携わった方々みなさんのBBMに対する思いの強さや心配りは並大抵のものではないんだなあということ。字幕翻訳者に‘字幕が出ることで画面を汚してしまうのでは?’(こんな感じでしたよね?)なんて心配させるような、原作翻訳者に自分の仕事の誤りを公式に認めさせ訂正させるような、そんな作品今まであったかい?あったのかもしれないけどわたしは知らないや、ほんとにすごい映画・すごい小説に出会ってしまったんだなあと、空恐ろしいような気にさえさせられました。

それからちょっとして、ホームページの掲示板がタブロイド判の新聞になりました。公開前の宣伝としていろいろな人の一口感想をちらしにのせるというのではなく、公開後かなり経ってから映画をもう観た人たちの為に(まあそれだけではないだろうけども)こんなものをわざわざ作るなんてわたしが知る限りでは初めてのことだったので、これにもびっくり。もちろんちゃんと手に入れました!それも2部。お持ちでない方がいらしたら申し訳ありません・・・。

わたしが住んでいる地域では5月の中ごろに上映終了。しかしその後もこの映画に対する思いは募る一方で、とうとうブログを始めてしまったのですね・・・(もう丸4ヶ月になるのかな?あんまりBBMのこと書いてないし書いても中身ないことばっかりだなあ、と思いながらここまで来ました)。
脚本を買ったのはたしか6月。オンラインショッピング(とは言わない?ネットショッピング?よくわからない)も初体験だった・・・。このアナログで有名なわたしがそんなものにまで手を出すことになろうとは~~~、もうほんとに驚きの連続です。
そんで、8月には監督サイン入りのパンフレットに当選し、皆様からいろいろ素敵なお言葉を賜り、遂に来週DVDが発売されるまでに至ったわけであります。長いような、短いようなこの半年間でした。

ちなみに。
この前レンタルビデオ屋さんに行ったら‘BBMDVD、9/21レンタル開始!’とポスターが貼ってあって、ああほんとにもうすぐなんだなあと実感しました(立ち止まってかなりじっくりそのポスターを眺めてしまった・・・)。そして思ったのです。じゃあ9/21には会員になっているレンタルビデオ屋さん2軒ともに偵察に行って、どのくらい入荷されているか・どのくらい借りられているかをチェックしなきゃ~。まあそんなことしたって全然意味はないんだけど、気になるもん。
というわけで、9/21にはお店の棚と棚の間からお客さんの動向を窺っているわたくしの姿があるはずでございま~す。たくさんの人が借りてくれるといいですね。

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2006年8月25日 (金)

皆様へご報告・つづき

皆様、お祝いのお言葉をいただきありがとうございました。二重に嬉しいです!
さて、前回のつづき、海外評の抜粋をお送りいたしますね(わたしを‘おおっ’‘そうなのよ~’と唸らせた部分には下線を引いておきまーす)。掲載順です。

スティーブン・ホールデン (ニューヨークタイムズ/2005年12月9日)
心を揺さぶられる、荘厳な、画期的なアメリカ映画の出現だ。エニスという役柄のその筋骨逞しくて締まった肌の下に、するりと魔法のように謎のように入り込んでしまうヒース・レジャーの演技は、例えるならば素晴らしきマーロン・ブランドやショーン・ペンのようなスクリーンパフォーマンスだ。『ブロークバック・マウンテン』は、つまずく愛、はばまれる愛、心に悲しく残る愛についての映画である。

ジョン・パワーズ (ヴォーグ/2005年12月号)
画期的!アン・リーによって描かれるパワフルなエモーションに魅了される。引き裂かれながらもブリリアントに魂のこもったロンサムなエニス役により、ヒース・レジャーのこれまでのイメージは永久に変わってしまった。ジェイク・ギレンホールはジャック役を寛大さと慈悲を持って包み込む。

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グレン・ケニー (プレミア/2005年12月号)
★★★★
ロマンティックな愛について、こんなに説得力を持って描いた映画はもう何年もなかった。そして誤解しないで欲しいが、ストーリーが60年代後半にはじまり、お互いを本気で求め合いながらも離ればなれになり、それぞれ家庭を持ちながら何年間も逢引を重ねる、と言っても、これは決して社会派映画なんかじゃない。これはロマンティック・ラブ、それも究極にロマンティックなかたち~決して長くはつかむことの出来ない、漠然とした満足感しかないような~ロマンティックな愛についての映画なのである。
アン・リーとスタッフ、キャストたちは、必須の几帳面さと優雅なテイストでこの特別な物語に取り組み、それはこれまでの巨匠たちの名作を伝承している。しかし、リーは『アイス・ストーム』で見せたように、リーの世界において選択は逃避にはならないジェイク・ギレンホール演じるジャック・ツイストと、ヒース・レジャー演じるイニス・デル・マーが置かれる環境において、そこにごまかしはない。二人はラヴァーズなのである。二人はただロッキー山脈での長い夜にちょっとだけ火がついた二人の男なんかじゃない。この崇高な映画は、そのテーマに真っ向から立ち向かうことになるだろうと言いたいのだが、わたしはそれをジョークの言葉を使わないで真面目に訴えたいのだ。

オーウェン・グレイバーマン (エンタテインメント・ウィークリー/2005年11月30日号)
Grade:A
『ブロークバック・マウンテン』は、美しい痛みを核にした壮大なハリウッド悲恋映画という、滅多にない代物である。静かなる革命的なラブストーリーに仕上げたモダンエイジのウェスタンである。
自分たちでも意識しない内に、気付けば恋に落ちていた二人の男。そして『ブロークバック・マウンテン』は、二人の運命を辿り、彼らの情熱を、先例がなくてあまりにもパワフルすぎて言葉では言い表せない力として描く。この映画では、愛というものは本当に言うに言われないものとして描かれる。
そのビーズのような瞳にすぼめた唇、イニスを演じるヒース・レジャーは、無骨な繊細さを並外れた演技力で見せる。対するジャックを演じるジェイク・ギレンホールも感動的だ。彼の子犬のようなその瞳は、最初は希望に輝き、そして暗く絶望へと変化していく。
貧しくて孤独で、失った夢をいとおしみ、そのかけらを必死で集めようとするが、自分が破片になっていくイニス。『ブロークバック・マウンテン』は、甘美的ですらある悲劇の趣意を持つ、それはまるで、ステットソンをまとったイーディス・ウォートンのような感じか。いわゆるメッセージ映画というものからはほど遠いが、心に刻みついて離れないある種の心地よさと後悔を併せ持つ、ゆっくりとしたワルツのような、とてつもなく壮麗なクライマックスのシーンでもし多くの涙を流したならば、「社会の仕組みに屈服してしまったある愛のかたち」にしっかりと反応した証拠である。同性結婚が未だに物議を醸している現代に生きる我々に、一緒に生きていくことを夢見ることさえ許されなかった二人の男の物語『ブロークバック・マウンテン』は、我々を感動させつつこう問いかける。愛を前提にしたときに、一体我々にはどんな世界が必要なのだろうか?

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マイケル・コレスキー (インタビュー/2005年12月、2006年1月合併号)
もしここが完璧な世界であったなら、この慎み深くて力強い『ブロークバック・マウンテン』は、一般的にエピック・ラブストーリーとして受け入れられていたにちがいない。しかし、政治的/宗教的な物議が絶えることない現実世界においては、アン・リーによる胸を突き刺すようなこの映画は、やはり革新的なのだ。『いつか晴れた日に』『アイス・ストーム』で性的抑圧が社会に及ぼす影響を描かせたら天下一品のリーが、ハンカチが3枚は絶対に必要で、我々のハートとマインドを根底から覆すメロドラマを作り上げた。

アンソニー・レーン (ニューヨーカー/2005年12月12日号)
結局これはヒース・レジャーの映画である。もちろんジャックを演じるジェイク・ギレンホールも素晴らしい、それは間違いない。しかし、レジャーこそが、この映画の持つ哀しみのくびきに堪えるのだ。彼が演じるイニスがもごもごと不明瞭に喋るのは、無口であるというだけではなく、言葉を飲み込むことでどうにか自分の感情さえも飲み込んでしまおうともがいているのだ。無骨で不器用な彼を見ていると、『ブロークバック・マウンテン』は(同じ脚本家ラリー・マクマートリーによる)名作『ラスト・ショー』のようなカウボーイ映画なんだなと認識する。
どちらの映画も、突き固められた人生に対する哀歌であり、その消え行くあかりに対する着眼点はジャン・ルノワールさえも認めるだろう。そして『ブロークバック・マウンテン』のこのラストシーンを見たならば―ひとりトレーラーハウスでブロークバック・マウンテンのポストカードを見つめ、その山で過ごした時間の記憶を指でなぞっているイニス。窓のすぐ外には、なぜか手の届きようがない、青々としたトウモロコシ畑が見える―あなたは完全に打ちのめされてしまう。ゲイウェスタンと呼ばれるとても静かでストイックなこの映画には、ゲイっぽい感じも、とりわけウェスタンな感じもない。これは行き場のなくなった愛を学ぶ映画だ。「やり直せないんだったら、ジャック、立ち向かうしかないさ」とイニスが言うように。

これでご報告を終わらせていただきます。
うう、一刻も早く再見したいです・・・。それではこの辺で。

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2006年8月22日 (火)

皆様へご報告

7月の終わりに、いつもお世話になっている沙斗魔さんから耳よりな情報を教えていただきました。

“「王様のブランチ」の映画コーナーで、A.リー監督のサイン入りBBM関係者用パンフレットプレゼント!”

うひょひょっ、なんですと!!!お知らせを受けた次の日、さっそくはがきを出しました。
しかし生まれてこのかた懸賞なんてものに当たったためしがないので、はがきを出したことで‘愛を証明できたかなー’ともう気が済んだ(?)感じだったのですが、なんと、なんとなんと(しつこい)、

当選してしまいました!!!

帰宅して見つけた大きな封書。実を言うとはがきを出したことをもう忘れていたので、“TBS”と書いてあるのを見て「?」と思ってしまった次の瞬間「えええええ~~~~っっっ」とすんごい奇声を上げたわたし。そんなわたしを「!?」と見つめる両親。まるで漫画の一場面のような先週木曜日の夕方の我が家でございました。
というわけで、今回はそのパンフレットのことについて書きたいと思います(長くなります)。

‘りりこさんの話では「撮影裏話とか満載の一般用に売られているのとは一味違うレア物」ということでした。’と、沙斗魔さんに教えていただいたのですが、残念ながら内容の点から見るとそんなに‘レア’なところはありませんでした(いえいえ、もちろんリー監督のサインがあるという時点でとっても貴重なものなんだけど)。

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監督のサイン。‘李安’の字が見えます。畏れ多くてさわれません。

中身の解説。下の写真の、通常のパンフレットよりひとまわり大きいケース(‘ケース’と言っても厚紙?製)を開くと、

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これ。フォーカス合ってません~、すみません。

①パンフレット本体
②シネマライズ仕様(?)のちらし
③前売り特典でついてきた特大ポストカード
 (下敷き!?と勘違いしたわたし)
④2006・2005受賞とノミネート歴の一覧表(5枚つづり)
⑤海外評抜粋追加(6枚つづり)
⑥ワイズポリシー配給の映画『マシュー・バーニー 拘束のドローイング9』ちらし

が入っていました。

パンフレット本体はこんな感じ。

Brokeback_0822_1
またボケてます。もうやだ。

内容:
通常のパンフレットの‘イントロダクション’、‘ストーリー’、‘出演者&スタッフが語るバックグラウンドストーリー’、‘キャストプロフィール’(ヒースとジェイクのみ写真あり・モノクロ)、‘スタッフプロフィール’(監督のみ写真あり・モノクロ)、‘海外評’、‘全てのキャスト・スタッフ(英語と日本語の両パターン)’と同じ。インタヴューや映画評、エッセイ、写真はなし。

受賞・ノミネート歴一覧の内容:
27の賞の各部門(作品とか主演男優とか)での受賞、および6つの賞の各部門でのノミネート(監督組合賞、映画俳優組合賞←しかも‘アンサンブル演技賞’でもノミネートされていたそうです!、製作者組合賞、脚本家組合賞、とかあるらしい)

海外評抜粋追加の内容:
通常のパンフレットには載っていなかった20人の方の映画評。わたしはほとんど知らない方たちでした・・・。しかし、ちらしにあったP.トラヴァース氏の評の全文を発見!以下引用です。どこかで読んだことがあったような気がしないでもないけど。ちょっと文がおかしいかな?という所もありますが、そのまま載せてみます。


ピーター・トラヴァース (ローリング・ストーン/2005年12月1日号)
★★★★
絶対に見逃せなくて、一度見たら決して忘れることができない、アン・リーによる『ブロークバック・マウンテン』は、まるで銃弾のようにあなたの心を撃ち抜くだろう。これは画期的な映画であり、そして、欲望や拒否に外界と内面からの抑制に苦しむワイオミングの二人の青年の反性的ラブストーリーに奥深い感情を与えた、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールというふたりの俳優による偉業作である。1997年に発表されたアニー・プルーの短編を、洞察的なインテリジェンスとデリカシーで監督したリー、文学作品の脚色のモデルのような、ラリー・マクマートリーとダイアナ・オサナによる確実な脚本、この映画はいたるところにエモーションが溢れている。そしてこの映画はとても繊細である。すでにメディアは、ゲイのカウボーイ映画、ゲイ版『風と共に去りぬ』などと大騒ぎしており、保守的な教会や州が同性結婚を反対するホモフォビアが蔓延する現況に、この映画は真っ向から立ち向かうのである。私からのお願いがある。とにかくこの映画をまず見て欲しい。そしてあなたなりの判断を下して欲しい。絶対にあなたを開眼させるから。
アン・リーと、才能豊かな撮影のロドリゴ・プリエトは、アニー・プルーの簡潔な文体を広大なヴィジュアル・ポエトリーへと変換させている。リーは、ありふれたポストカードのような風景の美しさをあえて避けて、自然の中に潜む美しさと脅威を引き出し、それはヴィヴィッドで時々暴力的でもある二人の男の関係性を映し出すものでもある。ヒース・レジャーの壮麗な演技は、まさに演技のミラクルである。彼はそれを内面から引き出している。レジャーはイニスがどう動くか、どんな喋り方や動き方をするかを理解しているだけではなく、どう呼吸するかが分かっているのである。


さて、関係者用パンフレット大体こんな感じでした。皆様、お伝えできていますでしょうか?
海外評についてはあといくつか‘おおっ’と思うものがありましたが、また長くなってしまいますのでやめておきます。その評も読みたい!という方がいらしたらお教えくださいませ、後日続きを書かせていただきます。でも著作権法むちゃくちゃ違反ですねえ。今さらだけど。
それではこの辺で。最後までお付き合いくださいましてありがとうございました、皆様お疲れ様でございます・・・。                  

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2006年7月20日 (木)

ブロークバック マウンテン:人生の最も素晴らしい日々

Brokeback_0716_1_4前からよく空や雲を見ていたのですが、パンフレットの松浦美奈氏のエッセイに‘この作品を翻訳しているときはいつも空を見ていた’と書いてあったのを読んで以来、どうも空を眺めるたびにBBMを思い出してしまいます。そしてちょうど今頃の時期、ふたりはブロークバック山にいたんですね。
彼らが山で生活していたとき、空模様はけっこう激しく変化していました。雨が降ったりすごくきれいな夕焼けが見えたり雹が降ったり雪が積もったり。たぶん彼らが一緒にいたのは長くても2ヶ月間ぐらいだったと思うのですが、そんな短期間でこれほどの天気パターン?を体験できるとは。日本の平地に住んでるわたしにはわかりませんが、山の上というのはそんなに天候の移り変わりがすごいものなのでしょうか。
しかしどんな悪天候の連続でも、イニスとジャックにとっては毎日が楽しくて楽しくてしかたがなかったんだろうなあと、黒い雲がもくもくしている空を見上げてふと思ったのでした。

ご飯食べに行ったら会える!その気になったら一日中でも一緒にいられる!羊がめちゃくちゃに入り乱れたって(めんどくさいけど)あんまり大したことじゃない、ハーモニカ吹いてさあ一緒にゆっくり帰ろうよ。

‘もし山を降りたときにふたりが別れてしまわなかったら’というのはもちろんなのですが、わたしは‘最初の契約どおりあと一ヶ月ふたりが一緒にいられたら’とも思ってしまいます。あと一ヶ月あったら、イニスにもジャックがどれだけ大切な存在なのかがわかったかもしれないなあ。それは無理だったとしても、ふたりの結びつきはもっと強くなっていて、その後4年間も離れ離れになることはなかったかもしれません。はあ。

Brokeback_0425_1 それにしても、‘人生の最も素晴らしい日々’(だと決め付けてしまいます)がこんなに早く訪れてしまって(もっと遅い方がいいというわけではないけど)、自分はそのことに気付いていなかったんだと後からじわじわ思い知らされるなんて、辛い。それだけでなく、その素晴らしい日々を再現しようと何年もがんばり続けた結果、やっぱりそれは無理な話だったのだとふたりは悟らざるを得なかったわけで、二重の意味で辛いです。
映画の中で、「豆に飽きた」と言うイニスに食料運搬担当のおじさんは「夏は長いんだぜ」と返していました。本当は‘豆に飽きるには夏はまだ長い’なんですが、このせりふを聞くといつも思います。長くなかったよ、ふたりは気持ちの準備もできないうちにあっという間に別れなきゃならなかったじゃないのさ。もうちょっと一緒にいさせてあげて欲しかったよ・・・。

わたしの中で彼らの物語はフィクションなのにフィクションではなくなってしまっているので、みんなが苦しむことになるほうへなるほうへと物事を進めていく神様って(本当は神様ではなく原作者や脚色の方や監督なのですが)残酷だよなあと思ってしまいます。
ジャックに出会う前にイニスが婚約してしまっていたこと。急に山を降りなければならなくなった結果ふたりが殴り合いの喧嘩をするはめになったこと。そのせいで気まずい雰囲気で別れなければならなくて、(決してそれだけが原因ではないけれど)その後4年間も会えなかったこと。ジャックの結婚があまり幸福なものではなかったこと。4年ぶりにやっと再会できたせいでふたりの気持ちが爆発して、本当に離れられないようになってしまったこと。イニスではなくジャックの方に経済的な余裕をもたせて、ふたりが会い続けることができるようにしてしまったこと。それなのにふたりの関係になにも変化を与えてくれなかったこと。離婚してもしなくても、結局どちらの妻も苦しみ続けなければならなかったこと。そして何より、ジャックを失ってから初めてイニスに自分の気持ちを認めさせたこと。

でも、この残酷だあーと思わされてしまう数々の設定?がなかったら、わたしはこの物語に魅かれなかっただろうなということもわかります。あの山での殴り合いがなかったらイニスは血がついたシャツを脱ぎ捨てることもなく、ジャックがこっそりそのシャツを自分の物にすることもできなかったのだし、そうなるとあのラストシーンは生まれないわけで・・・(しかし改めてこの物語の緻密さというか繊細さというか、には本当に恐れ入ってしまいます。どれだけ作りこんであるんでしょう?)。うう~、じゃあわたしはどうして欲しいのかなあ。

・・・いえいえ、考えるまでもなく、やっぱりBBMはこの終わり方でないといけなかったのですよね。『モーリス』は(ぱっと思いついたのがこれだったのですが)、あの終わり方でなければ、どっちかが死んじゃうとかでは絶対に嫌だったんだけど。何が違うのかなあ、自分でも不思議です。むむ、思い出したらまた『モーリス』も観たくなっちゃった。そしてもちろん早くBBMを再見したーい。
というところで今日はこの辺で。

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