« パンパカパ~ン! | トップページ | 『アルゼンチンババア』  お日さまの下のタンゴ »

2007年4月 8日 (日)

『初恋のきた道』  曲がりくねった一本道のその先に

また一週間も間が空いてしまいました・・・。
食べ過ぎによる腹痛に始まり(死ぬほど苦しかった~)、姉夫婦のプチ帰省とお墓参りで忙しかったこの一週間。そうこしている間に「咲いたー!」と喜んでいたポピーもあっという間に散ってしまいがっくりです。

先日の記事にも書いた、3月いっぱいで閉館した映画館にこの前また行ってきました。アンコール上映のリクエストの上位5作品の中に『初恋のきた道』が入っていて(もちろんわたしも一票入れました)、3日間だけ上映されることになったからです。

初恋のきた道 DVD 初恋のきた道

販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2006/11/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

父親の突然の死を知らされ、何年かぶりに故郷の村へ戻ったションズ。
自宅から遠い町の病院に安置されている父の遺体を村に移すことになったが、ションズの母は、車で運ぶのではなく昔からの風習どおりに人に担いでもらって連れて帰りたいと頑固に言い張る。それは無理だと村長や息子は母を説得しようとするが、彼女は全く耳を貸さない。そんな母を見て、ションズは村の語り草になっている父と母の恋物語に思いを馳せる。
それは1950年代、文革の真っ只中での出来事。母はまだ18歳、父は20歳だった・・・。

公開当時この映画を「ただのチャン ツィイーのプロモーションビデオ」と切り捨てていた人がいて、なんて穿ったものの見方をする人なんだろうとちょっと(正直に言うとだいぶん)嫌な気分になったのですが、冷静に見ればその通りなのかもしれません。
初めて鑑賞したときには後半泣きっぱなしだったのが、今回は何度目かの再見だったこともあってかかなり落ち着いて観ることができました。で、そうなると、しつこいぐらいに繰り返されるツィイー嬢のアップが確かに気にならなくもない。監督は彼女を撮りたくて撮りたくてたまらなかったのねーと、なんだか現実的(?)な感想を抱いてしまったのも事実です。
でも。プロモーションビデオと言われようがなんだろうが、やっぱりこれはこれでいい。「撮りたくって撮りたくって~」となるのも無理はありません。だって、本っ当に可愛いんだもん。
そういえば去年公開された『単騎、千里を走る。』(←好きだった~)も、監督が高倉健さんを撮りたくて作った映画だったと聞きました。巨匠に対して失礼かもしれないけど、チャン イーモウ監督ってそういう人(どういう人?)なのねと親近感を抱いてしまいます。

Roadhome_70328_3_2 
このお下げ髪に太刀打ちできるわけがない!まあ最初っから挑まんけど。

以下ネタばれ。

若き日のお母さん・ディ(チャン ツィイー)は、村に初めてできた学校で教えるためにやって来たルオ先生に一目ぼれします。でもこの先生が、(中身はともかく)わたしの趣味ではない。なんだかどうにもサエないしパッとしないんだもの。
なのに映画を観進めるうちにだんだんかっこよく思えてきて、待ち伏せしていたディと目が合った先生が微笑みながら会釈をする場面では、なぜかいつもわたしまで「きゃっ、頭下げた!」とときめいてしまうという。ディの嬉しさと先生の照れくささが、観ているこちらにも伝染してしまうのです。
その後の、「先生が名前を聞いたよー!」という子供の叫び声も微笑ましい。

この物語の舞台である村はとても寒い地方にあるらしく、ディはいつも分厚いちゃんちゃんこか半纏のような上着を着ていて、はっきり言ってしまうとかなり不恰好です。
しかし、先生を見つけた嬉しさに駆けだしてしまうディ、家にご飯を食べに来た先生を戸口に立って出迎えるディ、町に連れ戻される先生を息せき切って追いかけていくディ。彼女のいろいろな姿を観ると、そんなのどうでもよくなってくる。というより、その‘着膨れた不恰好さ’こそが魅力的に映るのです。

Roadhome_70328_1_2 
籠をわざと道に忘れて、先生に声をかけさせたりするディ。なかなか策士です。
でも許す、可愛いから(←もうわかったって)。

この映画の物語はなんてことない他愛ないものかもしれません。でも、‘話のない単なるチャン ツィイーのプロモーションビデオ’と見てしまうのはやはりもったいない。もちろん一番の見どころがツィイー嬢であることに間違いはないけど、その他の細かな部分にも監督の描きたかったものがたくさん詰まっているように思います。

町に帰る先生を追いかけていくときに転んで割ってしまった大切な思い出の器を捨ててしまわずに、「娘のために」と修理してもらうお母さん。その修理を請け負った職人さんの手つきの優しさ、そしてその出来上がりの丁寧さ。
厳しい寒さの中、先生の帰りを待ちわびて立ち尽くしたせいで病気になってしまったディと、その恋の行方を心配する村人。
先生の遺体を担ぐために各地から集まった元生徒たち。
のんびりと大雑把そうに見えて実は心の機微に敏感な人々が大勢出てくるのです(こういうところも『単騎~』と同じですね)。
そして、例の器に描かれた青い花や、学校の障子窓に貼られた赤い切り絵の花と、ディが自分で織った赤い布。手作業でひとつひとつ丁寧に仕上げられていくものたち。また、何十年も小さな村の小さな学校の教壇に立ち続けた先生と、生徒たちによって吹雪の中をゆっくりゆっくり故郷へと運ばれていく先生の遺体。いろいろなものに、共通の要素があるような気がします。
それから、村を囲む自然のなんと美しいこと。モノクロで撮られた現在とカラーで描かれる過去の対比にも、当然何かの意味を見つけたくなりますし。

Roadhome_70328_2_1 

エンドクレジットで、駆けていくディの後ろ姿がストップモーションになるところでは変わらずに目を潤ませてしまいました。あの音楽を映画館で聞けてよかった。そして、もう一度大きな画面でディたちに会えて、本当によかったです。
シネサロン パヴェリアさん、長い間ありがとうございました。

|

« パンパカパ~ン! | トップページ | 『アルゼンチンババア』  お日さまの下のタンゴ »

映画・は行」カテゴリの記事

コメント

‘話のない単なるチャン・ツィイーのプロモーションビデオ’。原作はごく短い短編小説でツィイー出演部分の話は無いそうです。ヒッチコック監督が言っていたという‘美人女優とカメラがあれば映画は創れる’の典型的な例だと思います。私は中年男性ですが、今までで映画での真の美人だと思うのはグレース・ケリーとチャン・ツィイーだけです。二人とも非常に精緻な顔(どこかを整形しても今より良くならないほど完璧)だと思います。一つ確実にいえる事は、チャン・ツィイー以外の女優だったらグリーン・デスティニー同様これほどの評判は獲れなかったと言う事です。チャン・イーモウ監督の最大の功績は本人の映画よりコン・リーとチャン・ツィイーを見つけ出したことではないでしょうか?

投稿: よし | 2007年4月 8日 (日) 07時24分

よしさん、はじめまして!コメントありがとうございます!
この映画に原作があったのですか、存じませんでした。
わたしは昔の映画に疎くて、ヒッチコックの作品も数えるほど、G.ケリーの映画にいたっては『裏窓』しか観ておりません。
というわけであまりいろいろつっこんだことをを書けないのですが(ごめんなさい)、この映画がC.ツィイー以外の女優さんを主演に撮られていたとしたらこんなに評価されなかっただろうというよしさんのご意見にはやはり大賛成です。
しかし、わたしはそれ以外のところも大好き!そしてこれまたそんなに本数を観ていないけれど、C.イーモウ監督の作品もけっこう好き(←詳しくないのでけっこう、としか書けないんです・・・。なんと『赤いコーリャン』すら観ていないので・・・)。いろいろ観たら考えも変わるのかもしれませんが、今現在わたしの感想はこういうものです。お気に触ったら申し訳ありません。
昔の映画、観ないといけませんね。これから勉強したいです。
それではこの辺で。ありがとうございました!

投稿: かいろ | 2007年4月 8日 (日) 19時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/101793/5890885

この記事へのトラックバック一覧です: 『初恋のきた道』  曲がりくねった一本道のその先に:

« パンパカパ~ン! | トップページ | 『アルゼンチンババア』  お日さまの下のタンゴ »