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2007年4月

2007年4月28日 (土)

終わっちゃったあ・・・

毎回毎回くすっと笑ったり固唾を呑んだりハラハラしたり涙ぐんだり、ものすごく熱心に読んでいた新聞小説、松浦寿輝さんの『川の光』(挿絵:島津和子さん)がこの間最終回を迎えてしまいました。

新聞の小説を読むようになったのはこの4,5年のことなのですが、これまでのわたしは、朝刊の小説だけだったり夕刊の小説だけだったり(毎日どっちも読むということがなぜかできなかった・・・)、途中からは惰性で読んだり挫折というわけではないけれど何回も読み飛ばした後にまた舞い戻ったりで、決して真面目な読者ではありませんでした。
でも、この『川の光』だけは全く違った!こんなに夢中になって、もう続きが待ち遠しくてたまらん!なんて状態に自分が陥ることになるとは。予想もしませんでした。

物語は単純です。川のそばで暮らしていたねずみの親子三匹(お父さん、タータ、チッチ)が護岸工事のせいで住処を追われ、安住の地を求めて川の上流まで旅をする、という話。
まるで小学生向けの話じゃん、ほんとにこんな調子で最後まで続くんかいな?と、最初はそれくらいのスタンスで読んでいました。ところが、次々にふりかかる災難や、知恵を絞ったり全員で一致団結したりしてその災難を切り抜けるタータたち、タータたちの危機を救う現実の世界では考えられないような助っ人たちとその活躍にに魅せられて、‘毎週日曜日と祝日はお休み’という夕刊小説の宿命がいまいましくてたまらなくなるほどがんばって読むことになってしまったのでした。

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つつじ市の会場のそばを流れている、地元では有名な川。
タータたちいないかな~、いたらいいのにな~と思いながら眺めました。

しかも、その休みの前の回はほとんどが「えっっっ!つ、続きは、続きはどうなんの!!!」というところで終わっているという(後半は特にそうだった)。あー憎らしい!くーっ!!!これはきっと計算なんでしょうけどね。
それだけでなく、時々出てくるものすごく不穏なフラッシュフォワードが、もうダメなのです。作者の術中に見事にはまってしまって、ソワソワドキドキしながら読み進める羽目になってしまいます。これが新聞小説の醍醐味なのだろうか。それともちょっとマゾ入ってるのかも?いやん。

そして挿絵がこれまた素晴らしい。本当に可愛いんです、出てくる登場動物たちが。
島津和子さんはこういう絵を描かれる方らしいのですが(これじゃあ小さくてよくわからないかな)、わたしはこの物語に出会うまで存じ上げませんでした。素敵な、愛のある絵です。ここまでこのねずみたちの行く末を案じ無事を必死に祈るようになってしまったのは、島津さんの絵によるところも大きいと思います。
それと、今思えば、小学生の頃に読んだこの話にちょっと雰囲気が似ていたのかもしれない。だーいすきだったんですよね・・・。懐かしい。

Book 火よう日のごちそうはひきがえる

著者:ラッセル・E・エリクソン,佐藤 凉子,ローレンス・D・フィオリ
販売元:評論社
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そしてネットで検索してて見つけたんだけど、作者の方はこの物語を書くにあたって念頭においていたお話があったそうです。それがこれ。

ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 Book ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉

著者:リチャード アダムズ
販売元:評論社
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わたしは本は読んでませんが、小学生の時に体育館でこのアニメ映画を観ました。鑑賞後の給食時間の間じゅう、ずーっと興奮しっぱなしだったのをよく覚えています(それほど面白かったんだと思います。内容はうろ覚えだけど)。
なるほど、そうだったのか。どおりで。

連載最終回には、作者の松浦さんから読者へのお礼の文が載せられていました。
松浦さんも読者と同じような気持ちでタータたちの旅を見守るようになり、川のそばやごちゃごちゃした街の陰についついねずみを探してしまうそうです。かくいうわたしももちろん、なんやかやと折に触れてはねずみ一家の物語を思い出します。
そして、連載中にはたくさんの感想や励ましのお手紙が松浦さんのもとに届いたとのこと。それを聞いて、ああ~わたしも書けばよかったな~ととっても残念な気持ちになりました。しかし、今からでも遅くはない!本が出版されたらまたチャンスがある!
というわけで『川の光』松浦寿輝著、7月に中央公論社から発売だそうでーす☆(←さりげなく?宣伝)本屋さんで見つけたら、「ああこれかあ~」と思ってください。

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2007年4月25日 (水)

つつじ市にて

今日は有休をとって、お墓参りに行ってきました。
そしてその帰りにつつじが綺麗なことで有名である(らしい)公園に行き、さらにそのそばで開催されているつつじ市を覗きました。

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公園のつつじはほとんど終わりかけだったんだけど綺麗だったし、

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緑がいっぱいの景色を見て命の洗濯?ができました。

最初は全く買うつもりはなくただたくさんのつつじを見たいという気持ちだったんですが、いろいろ見てまわっているうちにやっぱり欲しくなってきちゃって結局ひとつ買ってしまいましたー♪
わたしが買ったのは500円のもの。たぶん一番安いくらいの株です。高いのはものすっっっごく高いんです、びっくりしました。苔がむしてたり、岩にくっついてたり、立派な鉢に植わってたり。170センチあるわたしよりも背が高いのもたくさんありました(それにはたぶん十何万とかいうお値段がついてた。そんなん買って枯らしでもしたら発狂するがな)。
しかし本気で買いに来た方々というのは、会場においてあるリヤカー?にいくつも株を乗せて、それでもまだ物色するんですね。そんなにたくさん持って帰るの大変じゃない?とこっちが心配してしまったけど、まあそういう方は車で来ているのでしょう。

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一生分のつつじを見た、かもしれない・・・なんてね。

そうです、つつじの株って重いんです。買ってきたのは3.4キロありました。500円なのにー(←値段は関係ないって)。
車ではなく電車と徒歩で来ていたわたしたちは当然同じ手段で帰ったんですが、電車の中でも街中でもつつじは人々の目をかなり引いていたようでした(なんとなく視線を感じてしまった)。得意げな気分で胸を張り、つつじを捧げ持ちながら帰ったのでした。

それはそうと、つつじの名前ってなんだかかっこいいのが多かったです(名前がいいと、ますます買いたくなる人間の心理。単なるミーハー?)。
以前母が買って今うちの庭で細々と咲いているのは‘一天’。
今回わたしたちが選んだのは‘春ノ海’。
かなり迷った他の候補は‘朱雀’、‘泉の舞’。
他にも‘なんとかのかんとか’とか(←これじゃわからん)、いろいろありました。誰が名前を付けてるんでしょう?栽培した(新しい品種を作り出した)方が考えて決めていらっしゃるんですかね。文学的な名前を付けるためにそういう勉強もされてるのかもしれないなあ。ううむ奥が深い・・・。

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すごく立派でしょう?値段は見なかったけど、果たして売れるのかしら???

‘春ノ海’は明日庭に植える予定です。ポピーやデイジーといった、今まで買ってきた苗とは大きさが全然違うから土を耕すのが大変そうですが、そこは根性で頑張りまする。どんなつつじを選んだのかは花が咲いてからのお楽しみ、ということで・・・。うーふーふーふーふー。

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2007年4月22日 (日)

うちの庭

遅くなりましたが、うちの庭の写真を公開いたします。
敷地が長方形で、庭は建物を囲むようにL字型になっています。で、全く花園ではありません。ガーデニングには程遠い(要するに手入れが行き届いていない)、どちらかと言うとジャングルです。弱肉強食です。栄えているものと衰えているものの差が歴然としすぎていて悲しい・・・。自然界の掟なのでしょうか???

写真だらけの記事になりますがご了承くださいませ。それではスタート☆
(写真、少しは拡大します。よろしければ大きくしてご覧ください)

まず2階から撮った門の方の写真。
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諸葛菜のエリア
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チロリアンランプのエリア
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乙女椿
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つつじ
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ポピー
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前にご紹介した白と、もうひとつの方は黄色の花が咲きました♪

で、ポピーの横にこの前植えたのが
G_70419_3 名前がわからない・・・

今度は別の部分。今のところこの部分に花はほとんどありません。木ばっか。
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ちょっとこっちがわに、あまり咲かない梅もある・・・。

で、敷地のいちばん端っこに大好きな八重桜が植えてあります。
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大好きなのであと2枚。
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G_70419_7 綺麗でしょ?綺麗でしょ?

また戻って、門の方から撮った写真。
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チューリップ側から撮った写真。
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フリージア
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水仙
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以前はこんな水仙も咲いてました。
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チューリップ
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この横に植えてあるバビアナは、まだまだ咲く気配がありません。

水仙とチューリップと諸葛菜
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紫蘭のエリア
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雨に濡れた紫蘭
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今現在の状態は・・・
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チューリップがほとんど終わって、スパラキシスが満開です。

スパラキシスの花畑
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スパラキシスの横にリビングストーンデイジー
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この横にはなでしこを植えたけどまだ咲いてません。
そして通路を挟んでいろいろな種類のつつじが植えてあるけど、こちらもあまり花が付かない・・・。うちの環境はつつじには合っていないのかなあ。しょぼん。

母が言うには、スパラキシスはいつもイヤと言うほど咲くけどここまでたくさんになったのは今年が初めてだそうです。風が吹くといっせいに揺れてきれいですよー♪
これからまた何かを植えるなら、とにかく多年草で赤っぽい、そして苗が安い花がいいねと話しております(←けちんぼ親子)。

つぎっちさん、リクエストありがとうございました。いかがでしょうか?いまいちな庭でがっかりされたことと思います、すすすすすみません。
それではこの辺で。

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2007年4月15日 (日)

『パリ、ジュテーム』  贅沢さここに極まれリ

フランス映画を最近観ていない・・・。一番最後に観たフランス映画ってなんだったけ?と首を傾げなければならないほど観てないのです。
でも考えてみると、わたしはどちらかというとフランス映画は苦手なほう。観ている本数も元々そんなに多くありません。おしゃれさんに対するコンプレックスがあるから、‘フランス映画=おしゃれ’という意識の強いわたしは「どうせ観てもわかんないだろう」と思ってしまう。ほんとはゴダールとかトリュフォーとか、すごく憧れるんですけど。
なんだかんだ言ってやっぱりアメリカの映画をたくさん観てる自分に納得のいかないものを感じつつ久しぶりに観たフランス映画は、しかし大満足の作品でした♪

Parisjetaime_70412_1_1 
『パリ、ジュテーム』 (2006 仏・独・リヒテンシュタイン・スイス)

リヒテンシュタインって、どこなんだろ?『ロック ユー!』ではヒース演じるウィリアムの偽りの名前が‘サー・ウルリック・フォン・リキテンシュタイン’でしたけど、ここの出身という設定だったのでしょうかね?
と、それは置いといて。
いろいろな国の監督・俳優陣が、パリにいるさまざまな人々の生活・出会いや別れを描いたオムニバス映画です。だから純粋には‘フランス映画’とは言えないのかもしれませんが。

こういう映画の注目点のひとつはやはり豪華な監督・キャストだと思うんだけど、こんなにすごい人たちがよくまあ集まったもんだなあと感心。18ある物語のほとんどが当たりだったのも驚きだし、短い話がこんなにたくさんなのに全くせこせこしていないのもすごい。むしろゆったりとした気分で、いつまでも観ていたくなっちゃう。
5分間という制約なので、ほんの数時間の出来事だったり長い期間の話も短縮してあったりなのですが、それがかえって効果的というか。どれも「ああ~、もうちょっと先まで見せてほしいなあ~~~」というところで終わっているんです。

Parisjetaime_70412_2_1  この話や、

Parisjetaime_70412_3_1 この話も。どうなったんだろ?気になる。

パリを舞台にしたオムニバス映画といえば『パリところどころ』だけど、大昔にビデオで一度観たきりなのでほとんど覚えてません(←ダメダメ)。なんかわたしにはやはりちょっと難しかったような・・・?それに比べて、地元出身の監督に加えて他の国の人たちがその目線で撮った作品も入っているこの『パリ、ジュテーム』の方は、率直に言ってとてもとっつきやすかったのでした。「わー、これならわかるよ!」という感じ(レベル低い・・・)。
それにしても愛に溢れた幸せな映画体験!レディースデイの1000円でとびきりの贅沢ができました。すごく得した気分。

以下は、フランス映画にたくさんチャレンジしてみたいなあという気にさせてくれた18のお話の、ちょっとした感想です。

Parisjetaime_70412_6 さすがの貫禄のおふたりでした。

1.モンマルトル
孤独な男が光を見つけるお話。でもコメディ。人生の理不尽についてずーっとひとりごとの文句をたれながらも実は小さな幸せを求めている主人公に、親近感が沸きます。がんばってね。

2.セーヌ河岸
パリジャンとアラブ系の女性の間に芽生えたささやかな、でもれっきとした恋。これも主人公の男の子にエールを送りたくなる。恋する男の底力を見せてくれー!

3.マレ地区
言葉の意味は伝わっていなくてもお互いに何かを感じたのは確かなこと。走り出した青年は、果たして目指す相手に出会えたのだろうか?きゃ~、ギャスパー!

4.チュイルリー
パリの地下鉄でえらいトラブルに巻き込まれてしまった観光客の男。ひと言もせりふがないのに、ブシェーミのでっかい瞳はとても雄弁。それにしても災難だ・・・。でも笑っちゃう☆

5.16区から遠く離れて
華やかな都のもうひとつの現実。16区にいながら、16区からいちばんかけ離れた存在の彼女。でもその小さな歌声に、貧しい移民の赤ん坊もブルジョア家庭の赤ん坊も安心感をもらうのです。

6.ショワジー門
フランス人シャンプーセールスマンが、チャイナタウンの美容室で大活躍。なんだかよくわかんなかったけど、カラフルでにぎやかなお話でした。ちょっとハードボイルドなミスター・アイニー。

Parisjetaime_70412_5 彼のフランス語はお粗末らしいです。

7.バスティーユ
妻を捨てて若い愛人の下に走ろうとしていた男が、あることがきっかけでもういちど妻に恋をする話。うーんフランス(でも監督さんはスペインの方で、出演者も全員フランスの俳優さんではないんですけど)。妻のお気に入りの歌、赤いコート。彼がもう恋をすることは、ないのかな・・・。

8.ヴィクトワール広場
幻のカウボーイに導かれて、亡くした幼い息子に再会する母親。やはり‘会いたいと思えば、いつでもどこでも会える’のです。デフォーのカウボーイ姿を目に焼き付けろ!なんちゃって。

9.エッフェル塔
パントマイム芸人とその妻の風変わりな馴れ初めの話。存在しないバスも、彼らには見える。でっかいランドセルをかるって駆け出す男の子の笑顔がとてもいい。

10.モンソー公園
歳の離れた男女が歩きながら繰り広げる痴話喧嘩と思いきや、実は・・・。ニック・ノルティとリュディヴィーヌ・サニエ(←大好き)とは、なんと濃い組み合わせ。でも微笑ましいお話でした。

11.デ・ザンファン・ルージュ地区
パリに映画の撮影に来たアメリカ人女優とドラッグの売人の間に生まれた恋? マギー・ジレンホール、フランス語上手なんですねえ。彼女の独特の柔らかい雰囲気、やはり好きです。

12.お祭り広場
医学生の女性と、彼女に手当てされている負傷した男性。実は2人が出会うのはこれで二度目で・・・、というお話。彼はきっとあのコーヒーを飲めたはずだと、わたしは思います。

Parisjetaime_70412_4 粋な組み合わせ、粋な会話。

13.ピガール
歓楽街で出会った男と女。ある覗き部屋の中で、ふたりに何かが起ころうとしていた・・・。ファニー・アルダンかっこいい~。洒落た雰囲気の、大人のお話でした。

14.マドレーヌ界隈
バックパッカーの青年が夜に街中で出会ったのは、美しい吸血鬼。彼女に恋した彼は、自ら進んで血を吸われようとするが・・・。サイレントのモンスター映画のような、日本の昔話『雪女』のような。イライジャが頑張ってるのをみると嬉しい♪

15.ペール・ラシェーズ墓地
結婚前の一足早い新婚旅行でパリを訪れたイギリス人カップルに、破局の危機が訪れる。いったい彼らはどうやってそれを乗り越えたのか? オスカー・ワイルドは男女の喧嘩の仲裁もできるんだ!仲人に向いてます。皆さんいかがでしょう???

16.フォブール・サン・ドニ
恋人から突然別れを告げられた盲目の学生が、彼女とのそれまでを振り返る。いかにも映画的な、ロマンチックな出逢い。でも、並んで歩いていたつもりがいつの間にか・・・というのは現実の世界でもたくさん起こっている。手遅れにならずに済んでよかったね。

17.カルチェラタン
何年も別居してきて、やっと正式に離婚することになった初老のアメリカ人夫婦の物語。長い時間を共に過ごしてきたふたりのやりとりと、ひと言では言い表せない気持ち、相手に対する思い。いちばん好きなお話でした。

18.14区
教室に通ってフランス語をなんとか習得し、初めて憧れのパリに一人旅でやってきたアメリカ人中年女性。故郷から遠く離れた異国の地で彼女に訪れた、幸福な瞬間。そんな瞬間を迎えることが、わたしにもあるのかなあ・・・。

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2007年4月14日 (土)

『グリーンフィンガーズ』  刑務所生まれの花たち 

今日は仕事でまたミスをして、勤務明けに映画を観ようと思っていたのにその気も失せてしまいすごく落ち込んだ気持ちで帰ってきました。でも帰宅して庭を覗いてみると、昨日植えたばかりの苗に花がふたつついていてちょっとだけ気持ちが上向き加減に。花の効能ですねえ・・・。

グリーンフィンガーズ DVD グリーンフィンガーズ

販売元:メディアファクトリー
発売日:2001/10/05
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弟殺しの罪で15年間刑務所暮らしをしているコリンは、模範囚ということで数少ないユニークな開かれた刑務所として有名なエッジフィールド刑務所に移送されることになる。しかし、両親から見放され罪の意識を抱えてずっとひとりで生きてきたコリンは、新しい刑務所での生活にも他の囚人たちにも馴染もうとしない。
クリスマスの夜、同室のファーガスはそんなコリンにプレゼントを渡す。それはニオイスミレの種だった。仕方なく、暗い夜空の下で適当に選んだ場所に適当に穴を掘り種を蒔くコリン。
しかし春が来て、忘れられていたスミレは花を咲かせる。それを見たコリンの中でも何かが芽生えはじめたのだった・・・。

以下ネタばれ。

この作品は実話を元にしてあるそうです(もちろん脚色はしてあるだろうけど)。『ブラス!』から『キンキーブーツ』までの流れを汲む、イギリスのお家芸(?)ど真ん中の映画。
主人公が犯罪者(それも重罪犯)なので素直に共感する気にはなれないという方もいらっしゃるでしょうが、‘植物に接することで生まれ変わる人々の物語’として観たならこれはかなり説得力があると思うんです。

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コワモテだけどすんごくにこやかな男たちでございます。楽しそう~。

この前ポピーが初めて咲いたときに記事を書きましたが、あのときはほんとに興奮しちゃいました。自然界の神秘を垣間見たとでもいいましょうか。
何の気なしにパラパラッと蒔いて何も世話をしなかった(その上すっかり忘れてた)スミレが人知れず芽を出し花を咲かせているのをみてコリンは衝撃を受けていたけど、その気持ちすごーくよくわかる。ちょっとカルチャーショックでしたもんわたしにも。

『ぱすてると~ん通信』という漫画にこんなせりふがあります。

‘植物って水やったりするとそのぶんきちんとのびてくるんだ
 葉っぱ出したり実つけたり花咲かせたり
  してもらった分だけきちんとのびる
 だれが世話しても ― ぼくみたいな子供がしても’

これはまさにこの頃のわたしが感じていることなんです。ポピーはほんとに毎日伸びて蕾もどんどん大きくなっているし、デイジーは日が照りだすとすぼめていた花を大きく開かせるし。水をやってただ観察してるのがなんだか申し訳ない。頑張ってる彼らの成長を見逃したくないので(子供持ったらこんな気持ちになるのだろうか?)、出勤前と帰宅した時には必ず庭を見回るくせがついちゃったくらいです。
そして映画の中でも、エリザベス女王のこんな言葉が紹介されていました。

‘植物は人を選ばない’

ほんとにそうなんだよなあ。よっぽど悪い条件の下でないかぎりは、必ず応えてくれるんです。子供でもお年寄りでも、元気な人でも落ち込んでる人でも、必ず。そして囚人でも、それは同じこと。

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ガーデニング界のリーダー? ミセス ウッドハウスは派手な帽子がお好きなご様子。

この物語の主人公・コリンは、自分が知らなかっただけで実は‘green fingers’の持ち主でした。green fingers というのは 、辞書によると‘植物を育てる才能’。全く興味がなかったガーデニングの世界に足を踏み入れ植物と共に生活するうちに、彼はみるみる頭角を現します。そして、それまで死んだように(‘誰かが自分を殺してくれないかと思いながら’)生きてきたコリンの人生と考え方も、大きく変わる。やるべき仕事と愛する人、仲間に出会うのです。
コリンが言うには、植物と接していると、怒りや憎しみといった感情が消えていく。
そう、そうなんだよ~コリン。花を前にすると、きっと人は誰でも穏やかになれるんだ。

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フン!仲良く庭の手入れかよ!フンだフンだ!と言いつつ、うらやましいのだった。

コリンたちエッジフィールド刑務所の庭師集団はハンプトンコートのフラワーショーに出品するチャンスを得ますが、そこは映画なのでいろいろ山あり谷ありですんなりとは行きません。でも最終的には自分たちの思い描いた通りの庭を作り出し、なんと女王に謁見を許されることになるという。女王のところへずんずん向かう彼らの足取りの、誇らしそうなことよ。
それからも、彼らの後を引き継いだ囚人たちの庭師チームは全国各地のフラワーショーに出品し、最高賞を獲得したりもしたそうです。ううむ、ほんとに映画みたいですね。

筋としてはちょっと大味というか、コリンが才能を開花させていく過程をもう少し丁寧に描いてほしかったなあという気もするんだけど、とても好きな映画でした。
フラワーショーへの出品が決まったあと、刑務所の中のジムで体を鍛えながら「どんな庭園にする?」とみんなで案を出し合う彼らの、少年のようにキラキラした表情。コリンを愛し受け入れてくれた女性の名前が‘primrose’(サクラソウ)なのも可愛いし、何より彼らの庭園がまたステキでした(映画が公開された当初に観たときはあまりそうも思わなかったんだけど。歳とって感じ方が変わったんだろうな)。
‘見逃しがちな美’というテーマの、一見雑草が生い茂っているだけに見えるその庭。確かA.リー監督がどこかで「西洋のガーデニングは自然を思い通りにデザインしようとしているけど、東洋の庭はそうではない」とかいうことをおっしゃっていましたが、そういう見方でいくとこのコリンたちの庭はとても東洋的なのかも。草ぼうぼう加減がうちの庭に似てるのもポイント高いし(なんじゃそれ)、しかもじょうろで水をやっているファーガスがお出迎えしてくれるんだもんね。

Greenfingers_70412_4 こんな感じで水をやっとりますぞい。

この映画を初めて観たときもハンプトンコートのフラワーショー(←これは02年の模様)に行ってみたいなあと思ったんですが、園芸をちょこっと、ほんのちょこーっとかじりだした今、また行ってみたいという思いがふつふつ湧きあがってきております。しかしすぐには無理なので、もうちょっとしたら地元の海浜公園に行く予定です。ミニ庭園がたくさんつくってあるらしいので。楽しみだなあ。

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2007年4月12日 (木)

『アルゼンチンババア』  お日さまの下のタンゴ

『初恋のきた道』に続いて、‘健気なな女の子シリーズ(?)’第二弾。
よしもとばななさんの本は、「みんなが読んでるからわたしは読まんでええじゃろ」というひねくれた理由で読んでいません。当然この本も未読なのですが予告で流れるタンゴに魅かれて映画を観ました。
原作のファンの方々には不評なようですけど・・・。

Argentinehag_70408_4 『アルゼンチンババア』 (2006 日)

みつこの母親が亡くなったある冬の日、父は家を出て行方不明になった。みつこは家で待ち続けたが、夏になっても父は帰ってこない。
しかしある日、近所に住むおじさんがある場所で偶然父の痕跡を見つけた。そこは、町外れにある廃墟のようなビル。人々からは‘アルゼンチンビル’と呼ばれている。
父を探しに行くべく‘アルゼンチンビル’へと向かうみつこ。果たして彼女を出迎えたのは、得体の知れない謎の人物として町で有名な‘アルゼンチンババア’だった・・・。

以下ネタばれ。

‘タンゴはひとりでは踊れない’なんていうコピーか何かを聞いたことがありますが、お父さんもみつこちゃんもそれぞれがひとりで苦しんでいて、とてもタンゴなんかを踊れる状態ではありませんでした。
文字通り‘穴にはまって’、物理的にも精神的にも身動きが取れなくなっていたお父さん。心に秘密を抱え石のように強張った表情ばかりを浮かべていたみつこちゃん。
お母さんの死によってばらばらになりかけていたそんなみつこちゃんとお父さんを再び結びつけ、新たな家族として甦らせるのが‘アルゼンチンババア’ことユリさんです。

Argentinehag_70408_2_2 アルゼンチンビル自慢の屋上庭園。

最初はみつこちゃんもみつこちゃんの叔母さん(お父さんの妹)もユリさんのことをよく知らなかったのでかなり警戒して反感を持っていたのだけど、それも無理はない気がする。たぶんわたしでも同じように考えててしまうだろうな。自分の兄さんがそんな変な女(と世間では評判の)と変なことになってる(ほんとは変でもなんでもないんだけど)なんて!人様の目を気にして妹がムキになって連れ戻そうとするのも、仕方ないと思います。
その一方で、ユリさんにタンゴやハチミツのとりかたを教えてもらって‘自分もまだ何かを面白いと思えるんだ’と知ったお父さんが彼女を必要とするのも、「ユリと一緒にいたい」と言うのもわかる。まあまあ無理に引き離さなくてもいいじゃない、などと無責任な発言をしたくなってしまう。
しかし問題はみつこちゃんです。自分のことに精一杯のお父さんは、彼女がどれくらい辛かったのかということには考えが及ばない。おまけに失恋するは二日酔いになるはムチ打ちになるは(でもムチ打ちなのにあんなに大きな御影石を運べるのだろうか???)。
だから、「みつこちゃんの父親であることを放棄してしまったあなたはわたしの子供の父親にはなれない」と、ユリさんがお父さんに優しく(しかしきっぱりと)言う場面では拍手喝采でした。ユリさん、よくぞ言ってくれた!みつこちゃんも叔母さんも、きっとそう思ったはず。

Argentinehag_70408_3 ユリさんの腕キレイだなあ。

ところで、全く詳しくはないけれどわたしはタンゴ好きです(そしてラテン音楽も好き)。映画の中でタンゴが使われていると、興奮して体が熱くなっちゃう(なんかヤバイ人みたいだ)。もしかしたらわたしの前世はアルゼンチンとかそのあたりの生まれだったのかもなーとけっこう本気で考えたりします(コンチネンタルタンゴとアルゼンチンタンゴの違いがいまいち分からないんだけど、たぶんわたしはアルゼンチンの方がより好きみたい)。
この物語の中でタンゴを踊るのはお父さんとユリさん、そしてみつこちゃんとユリさんの二組(そういえばお父さんとみつこちゃんは踊ってなかったけど、そのかわりにふたりはとても大事な儀式を一緒に執り行ってました)。
お父さんとユリさんが踊るのは、性的な匂いのする大人のタンゴ。きっとこちらの方が正しい?タンゴなんだろうけど、わたしはラストのみつこちゃんとユリさんの幻のタンゴがとても好きでした。
わたしの中ではタンゴ=夜。でもみつこちゃんたちはアルゼンチンビルの屋上、太陽の下で風に吹かれながら、景色を見ながら踊る。ものすごく気持ちよさそうでした。女性同士のタンゴ、いいなあ。
そしてこのタンゴを見て、『ブエノスアイレス』を思い出しました。

Happytogether_1126_2_1 とっておきの大好きな画像。

永遠の名場面としてわたしの心に刻まれている『ブエノスアイレス』のファイとウィンのタンゴ。でも、このふたりのタンゴは見ていると幸せになると同時に苦しくなってきます。ふたりがその後どうなるのかを知っているから(だからこそ、‘ふたりで踊っているこの瞬間’が余計にいとおしく感じられるんだけど)。
みつこちゃんとユリさんのタンゴはちょっと違います。実際はみつこちゃんはユリさんにもう会えないとわかっているのに、ただただゆったりした幸福感に溢れている。『ブエノスアイレス』の画面が全体的に寒々しい色合いなのに対して、『アルゼンチンババア』は黄色っぽい、暖かなトーンだったからということもあるでしょうが。

‘会いたいと思えば、いつでもどこでも会える’
(『ブエノスアイレス』のラストのファイのせりふ)

幻のタンゴから醒めて、屋上にひとり取り残されたみつこちゃん。でも彼女は、ファイと同じように感じていたんだと思う。お母さんにもユリさんにも、いつでも会えるんだ!
みつこちゃん一家に新しい家族を与え、彼らと叔母さんや従兄弟との絆をそれまでよりもっと深くしたあと、この世を去るユリさん。しかしアルゼンチンババア亡き後もみつこちゃんたちはアルゼンチンビルに住み続け、猫と来客もたくさんなのです。

はちみつ入りマテ茶を飲んで、みつこちゃんの焼いたパンをご馳走になって、時にはタンゴを踊る。ユリさんなら(もしかしたらみつこちゃんも)ハグして大歓迎で迎えてくれるはず。草ぼうぼうののっぱらにどっしりとそびえ立つアルゼンチンビル、ほんとにあったらいいのになあ。日焼け止めと虫除けを完璧にして、探しに行きたいです。

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2007年4月 8日 (日)

『初恋のきた道』  曲がりくねった一本道のその先に

また一週間も間が空いてしまいました・・・。
食べ過ぎによる腹痛に始まり(死ぬほど苦しかった~)、姉夫婦のプチ帰省とお墓参りで忙しかったこの一週間。そうこしている間に「咲いたー!」と喜んでいたポピーもあっという間に散ってしまいがっくりです。

先日の記事にも書いた、3月いっぱいで閉館した映画館にこの前また行ってきました。アンコール上映のリクエストの上位5作品の中に『初恋のきた道』が入っていて(もちろんわたしも一票入れました)、3日間だけ上映されることになったからです。

初恋のきた道 DVD 初恋のきた道

販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2006/11/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

父親の突然の死を知らされ、何年かぶりに故郷の村へ戻ったションズ。
自宅から遠い町の病院に安置されている父の遺体を村に移すことになったが、ションズの母は、車で運ぶのではなく昔からの風習どおりに人に担いでもらって連れて帰りたいと頑固に言い張る。それは無理だと村長や息子は母を説得しようとするが、彼女は全く耳を貸さない。そんな母を見て、ションズは村の語り草になっている父と母の恋物語に思いを馳せる。
それは1950年代、文革の真っ只中での出来事。母はまだ18歳、父は20歳だった・・・。

公開当時この映画を「ただのチャン ツィイーのプロモーションビデオ」と切り捨てていた人がいて、なんて穿ったものの見方をする人なんだろうとちょっと(正直に言うとだいぶん)嫌な気分になったのですが、冷静に見ればその通りなのかもしれません。
初めて鑑賞したときには後半泣きっぱなしだったのが、今回は何度目かの再見だったこともあってかかなり落ち着いて観ることができました。で、そうなると、しつこいぐらいに繰り返されるツィイー嬢のアップが確かに気にならなくもない。監督は彼女を撮りたくて撮りたくてたまらなかったのねーと、なんだか現実的(?)な感想を抱いてしまったのも事実です。
でも。プロモーションビデオと言われようがなんだろうが、やっぱりこれはこれでいい。「撮りたくって撮りたくって~」となるのも無理はありません。だって、本っ当に可愛いんだもん。
そういえば去年公開された『単騎、千里を走る。』(←好きだった~)も、監督が高倉健さんを撮りたくて作った映画だったと聞きました。巨匠に対して失礼かもしれないけど、チャン イーモウ監督ってそういう人(どういう人?)なのねと親近感を抱いてしまいます。

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このお下げ髪に太刀打ちできるわけがない!まあ最初っから挑まんけど。

以下ネタばれ。

若き日のお母さん・ディ(チャン ツィイー)は、村に初めてできた学校で教えるためにやって来たルオ先生に一目ぼれします。でもこの先生が、(中身はともかく)わたしの趣味ではない。なんだかどうにもサエないしパッとしないんだもの。
なのに映画を観進めるうちにだんだんかっこよく思えてきて、待ち伏せしていたディと目が合った先生が微笑みながら会釈をする場面では、なぜかいつもわたしまで「きゃっ、頭下げた!」とときめいてしまうという。ディの嬉しさと先生の照れくささが、観ているこちらにも伝染してしまうのです。
その後の、「先生が名前を聞いたよー!」という子供の叫び声も微笑ましい。

この物語の舞台である村はとても寒い地方にあるらしく、ディはいつも分厚いちゃんちゃんこか半纏のような上着を着ていて、はっきり言ってしまうとかなり不恰好です。
しかし、先生を見つけた嬉しさに駆けだしてしまうディ、家にご飯を食べに来た先生を戸口に立って出迎えるディ、町に連れ戻される先生を息せき切って追いかけていくディ。彼女のいろいろな姿を観ると、そんなのどうでもよくなってくる。というより、その‘着膨れた不恰好さ’こそが魅力的に映るのです。

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籠をわざと道に忘れて、先生に声をかけさせたりするディ。なかなか策士です。
でも許す、可愛いから(←もうわかったって)。

この映画の物語はなんてことない他愛ないものかもしれません。でも、‘話のない単なるチャン ツィイーのプロモーションビデオ’と見てしまうのはやはりもったいない。もちろん一番の見どころがツィイー嬢であることに間違いはないけど、その他の細かな部分にも監督の描きたかったものがたくさん詰まっているように思います。

町に帰る先生を追いかけていくときに転んで割ってしまった大切な思い出の器を捨ててしまわずに、「娘のために」と修理してもらうお母さん。その修理を請け負った職人さんの手つきの優しさ、そしてその出来上がりの丁寧さ。
厳しい寒さの中、先生の帰りを待ちわびて立ち尽くしたせいで病気になってしまったディと、その恋の行方を心配する村人。
先生の遺体を担ぐために各地から集まった元生徒たち。
のんびりと大雑把そうに見えて実は心の機微に敏感な人々が大勢出てくるのです(こういうところも『単騎~』と同じですね)。
そして、例の器に描かれた青い花や、学校の障子窓に貼られた赤い切り絵の花と、ディが自分で織った赤い布。手作業でひとつひとつ丁寧に仕上げられていくものたち。また、何十年も小さな村の小さな学校の教壇に立ち続けた先生と、生徒たちによって吹雪の中をゆっくりゆっくり故郷へと運ばれていく先生の遺体。いろいろなものに、共通の要素があるような気がします。
それから、村を囲む自然のなんと美しいこと。モノクロで撮られた現在とカラーで描かれる過去の対比にも、当然何かの意味を見つけたくなりますし。

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エンドクレジットで、駆けていくディの後ろ姿がストップモーションになるところでは変わらずに目を潤ませてしまいました。あの音楽を映画館で聞けてよかった。そして、もう一度大きな画面でディたちに会えて、本当によかったです。
シネサロン パヴェリアさん、長い間ありがとうございました。

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