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2006年5月

2006年5月30日 (火)

エターナル サンシャイン

エターナル・サンシャイン DTSスペシャル・エディション DVD エターナル・サンシャイン DTSスペシャル・エディション

販売元:ハピネット・ピクチャーズ
発売日:2005/10/28
Amazon.co.jpで詳細を確認する

またもやこじつけBBMのお時間(←勝手に作った)でございます。なにゆえBBMなのかと言いますと、それはこの映画の原題が “ETERNAL SUNSHINE OF THE SPOTLESS MIND” だからです。わたしのつたなーい英語力で訳すと ‘汚れなき心に輝く永遠の太陽の光’ といった感じでしょうか。ブロークバックの病が治るどころかますます重くなってきているわたしは、この言葉を聞いてあの名場面を思い出したわけです、‘まどろみの抱擁’を(真紅さん何度も使わせていただいてすみません・・・)。
小説BBMによると、あの日の出来事は “二人の離れ離れの辛い人生にほんの一瞬訪れた、嘘偽りのない、魔法のような幸福な瞬間だった。その記憶を損なうものは、何一つなかった。” これって・・・、言い方を変えれば “ETERNAL SUNSHINE OF THE SPOTLESS MIND” だと思ったんです、わたしは。
(ちなみにこの “ETERNAL SUNSHINE~”は、イギリスの詩人アレクサンダーポープの「エロイーズからアベラールへ」という詩からの引用だそうです。この人の言葉はいろいろなところで引用されているみたい。ふうむ。)
というわけで、「グッドガール」を借りられなかった代わりに(しつこい)、この「エターナル サンシャイン」を借りました。

悠雅さんのレヴュー:http://blog.livedoor.jp/tinkerbell_tomo/archives/50767656.html

以下ネタばれです。

‘失恋の記憶を消して差し上げます’ という(怪しい)ラクーナ社に記憶の消去を依頼したクレメンタイン。彼女の元恋人でいまだにその恋を引きずっているジョエルは、その事実を知って呆然となる。それは怒りに変わり、俺だって!とばかりに同じように記憶の消去を試みる。しかしどんどん思い出をさかのぼっていくうちに、幸せだったことや楽しかったことまで消されていくのが耐えられなくなってしまう。一転、必死で抵抗を始めるジョエル。あわてたラクーナ社のスタッフ。しかし実は彼らにも辛い恋の記憶があったのだった・・・。

ジョエルとクレメンタインの恋物語はもちろん、ラクーナ社のかなりいかれた(ように見える)社員たちの隠された思いに、わたしは涙しました。ジョエルの記憶から情報を盗むことによってしか一目ぼれしたクレメンタインを恋人にできないパトリック(しかも途中までうまくいっていたその卑怯な手段は最後までは通用しませんでした)。‘記憶の消去’という画期的な技術を、自分を愛してくれた(不倫だけど)メアリーに使わざるを得なかった博士。そのことを知らず、もう一度博士に恋をしたメアリー。彼女を深く愛しているのに、事実を知ってしまい自分の荷物を引き上げて会社を去ろうとするメアリーに、「それ私物だろ、戻らないの?・・・僕だったら戻らない」と言ってあげるスタン。

Eternalsunshine_0510_1 記憶を消したにもかかわらず、また同じ人に恋をしてしまうジョエル、クレメンタイン、メアリー。ということは、記憶と心(感情)は、つながっているようで実は別のところにあるものなのかも。いや、やっぱり同じところにあるのかな?
しかしメアリーはその恋を捨て、博士のもとを去りました。博士が記憶を消した人びとに事実を告げる、カセットテープ入りの手紙を出して。その手紙はジョエルとクレメンタインにも届き、せっかくもう一度出会って惹かれあい始めたふたりを、喧嘩別れのような形で引き離してしまいます。 ‘そんな・・・、もうすぐこの映画終わるんじゃないの?どうなんの?’そう思ってあせったわたし。しかし、大丈夫でした。

「今に(わたしのことが)いやになるわ。そしてわたしは息が詰まるの」
「いいさ」
「・・・そうね」

砂浜で追いかけっこするふたりと、BECKの歌。わたしの大好きな ‘悲しいような、幸せなような’ 気分が混ざり合う、とても印象的なラスト(すべてを知った上でまた始めようとする苦さ。単純明快なハッピーエンドとは言えないと思います)。これもうちの映画館で上映してたので、この大好きなエンドクレジットをよく観てたなあ。
俳優陣も素敵で、脚本も素敵。音楽も、わたしの大好きな「マグノリア」を担当していたJon Brion。 そして、ジョエルがクレメンタインを呼ぶ‘タンジェリン‘という呼び方が、とても素敵でした。

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僕の大事なコレクション(3)

toshi20さんのレヴュー:
http://d.hatena.ne.jp/toshi20/20060511Illuminated_0528_3_2

以下ネタばれ驀進です。

リスタに案内してもらってついに見つけたトラキムブロド。そこには “トラキムブロドの村民を偲んで”という内容の文章が刻まれた石のプレートが一枚あるだけで、あとは草原が広がるのみでした。リスタはそのプレートの前で、旅の途中で道行く人に尋ねても、誰一人としてその名前すら知る者はいなかったトラキムブロドの、今ではもう彼女しか知らない歴史<村人たちがどのような迫害を受けたか、自分の妹がどのようにして殺されたか>を、ぽつぽつと語ります。その話を、三人はただ聞くことしかできませんでした。

ジョナサンは三人兄弟の真ん中。どちらかというと社交的ではなく、口数も多くなく、自分の気持ちを表すのが苦手なように見えます。家族に関するものだけでなく、食べようとして落としてしまったじゃがいもや畑にいたバッタだとか、一風変わったものまで集める彼にアレックスは尋ねます。「なんでそんな物まで?」ジョナサンはたった一言。「忘れそうで怖いから」 このあやふやでいて印象的な答えが、忘れ去られようとしているトラキムブロドに重なります。
ジョナサンの祖父サフランが亡くなったのは、ジョナサンがまだ4,5歳の頃(だったと思う)。その時もう弟が生まれていたかは分かりませんが、なぜサフランはあの古い写真を自分の息子やジョナサンの兄(もしくは弟)ではなく、ジョナサンに託そうと思ったのでしょうか(サフランが生きている頃にあのペンダントヘッドに興味を示したりしたとか)?
わたしは、彼が‘この子ならきっとこの二つの品物に隠された大切な意味を感じ取り、もしかするとトラキムブロドを探し当ててくれるかもしれない’と考えたのではないかと思います。実際そのとおりになりました。

Illuminated_0528_2 そしてそれだけでなく、この旅のおかげで出会った、‘忘れるのが怖い’と言う青年・‘過去のことなど考えたこともなかった’青年・‘過去を忘れようと努力してきた’老人・‘過去を守ろうとし、過去と共に暮らしてきた’老女。彼らはお互いに影響を及ぼしあうことになりました。
リスタはトラキムブロドのことを次代に伝えることができ、そして戦争が終わったのを知って、これからは外に向かって生きてゆくでしょう。おじいちゃんは過去を受け入れ、自分の人生に自分で決着をつけました(人生に初めて満足しながら)。

別れ際、リスタはジョナサンに指輪(!)を手渡します。それはアウグスチーネの結婚指輪でした。トラキムブロドの村人たちは殺される前に、村の近くを流れる川の川岸に大切なものを埋めていたのよ、と言って。
彼女はジョナサンとアレックスに、「アウグスチーネはなぜ指輪を埋めたのだと思う?」と尋ねます。それぞれ‘生きていた証に?’、‘誰かに見つけて欲しくて?’と答える彼ら。しかしリスタの考えはこうでした。
‘あなたたちをここに導くためだったんじゃないかしら’
(ここでわたしはBBMを、あの2枚のシャツを思い出したわけです。パンフレットの川口敦子さんの評論から引用させていただくと、 “老母に促され2階に上がったイニスはジャックの部屋、その窓辺に座り彼の見たはずの窓外の景色に目をやる。と、その姿を切り取る視線がクローセットの中からのそれに変わる。あたかもそこにいるジャックがクローセットの中へ、そこにある大切なものへと誘うかのように”・・・こじつけかもしれないけど、わたしはこのリスタのせりふを聞いてBBMを思い出し、二重の意味で泣かされてしまったのでした。あーやっと書けた、すっきりした。)

Illuminated_0508_6 その後おじいちゃんの自殺を経て、二人と一匹になった彼ら。旅は終わりました。ウクライナの駅(?)で彼らは別れます。でも、別れたあとも彼らはどこかでつながっていました。
旅の途中でアレックスがシャツを裏表に着ているのをジョナサンが指摘するなにげないシーンがありますが、それがラストに意味を持ってきます。
アメリカに戻ってきたジョナサン。空港で彼は、ウクライナで出会った人びとがここアメリカにもいる、というような感覚を覚えます(うまく文章にできてないんだけど、とっても素敵なシーンです)。そのシーンにかぶさるアレックスのモノローグ、これもまた素敵。
“過去は現在のすぐ隣にあって裏から表を見ている。そう考えると俺の人生も君の人生の隣にあるのかもしれない”(うろ覚えだけど)
最初はジョナサンのことをこの旅を本にしようとしている作家だと勘違いしていた、そのアレックスのほうが、この旅について書いているように(この映画はアレックスが旅を思い返して文章にしていく、という形になっています)。
そして離れたところにいるふたりがトラキムブロドのそばにあるブロド川の川岸の砂を持って、それぞれ祖父の墓の前で微笑んでいるように。

この、重い過去の出来事を語りながらもおとぎばなしでありコメディである不思議な映画は、最後、トラキムブロドがあった場所に作られた墓に、アレックスたち家族が祖父を埋葬するシーンで終わります。父と母が墓を後にし、アレックスとその歳の離れた弟も立ち去り、その場を離れがたそうにしていたサミーデイヴィスJr.Jr.も、アレックスに呼ばれて走っていく。兄弟もそれを追いかけて走り出す。
彼らの人生はこれからも続いていくのだというこのラストを観て、自分が今悲しいのか嬉しいのか分からなくなりながら号泣してしまったわたしでした。

Illuminated_0508_3 「僕の大事なコレクション」
EVERYTHING IS ILLUMINATED
(2005 アメリカ)

‘世界にはあなたの発見を待っている“もの”がある’

わたしを待ってるものって何だろう?果たしてあるのかな?

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2006年5月29日 (月)

僕の大事なコレクション(2)

前回の記事、読んでくださった方いるのかしら・・・、多分まだ公開中なのにこんなにあらすじを書いちゃっていいのかしら・・・と思いつつ、ここでやめるのも中途半端で気持ち悪いので続けます~。しかし変なところで切っちゃったもんです、どうやって続けよう・・・。

Illuminated_0507_2

Bohさんのレヴュー:http://born-to-be-wild.way-nifty.com/boh/2006/05/post_a4da.html

以下、ネタばれまっしぐらです。

旅を続けるうちにおじいちゃんはいつもと違う言動を見せ始めます。思えば最初から少し変でした。‘ワシはもう引退したんじゃ!’ などと言っていたのに、“トラキムブロド” という言葉を聞いたとたんに ‘わかった、やろう’ と承諾したおじいちゃん。いざ旅に出てみると、アレックスの知らない(当然おじいちゃんも知らないはずの)ユダヤの言葉(たぶん)を知っていたり、サミーデイヴィスJr.Jr.を叩いたアレックスにいきなり殴りかかってきたり。そして彼の視線の先にいつもあるのは昼の空に浮かぶ月。アレックスには ‘目が覚めているのに夢の中にいるよう’ に見えます。でもおじいちゃんには、自分たちがどこに行くべきなのかが分かっていました(わたしにはそう思えました)。
おじいちゃんに促されて訪ねていった、ひまわり畑の中にぽつんと建っている一軒家。そこにはひとりのおばあさんがいました。彼女は言います、“わたしがトラキムブロドよ、あなたたちが来るのをずっと待ってたの” と。彼女はあの虐殺を生き延び、トラキムブロドの村人たちの遺品と共にひとりで暮らしていました。そしてこの人こそ、あのアウグスチーネのお姉さん、リスタだったのです。彼女の案内で、ジョナサンたちはかつてトラキムブロドの村があった場所へたどり着きます。

ここまであらすじばっかり書いてもう飽きてきたので(アンタが飽きてどうする)、ここから先はわたしが感じたことをちょっと交えてみます。Illuminated_0528_6_5
アレックスはカンゴールの帽子をかぶって夜な夜なクラブで踊る、今時の青年(ウクライナの今時っていうのがどんな感じなのかは知りませんが)。無邪気にアメリカを賞賛し、‘ニグロ’ という言葉を連発してはジョナサンを困惑させたりします。‘過去は過去、今じゃないことは思い出と一緒に葬り去ればいい’、そう思っていたアレックス。
高校生のとき、世界史をとってはいたけどいっつも赤点か赤点すれすれだったわたし。かと言って日本史に詳しいわけでもないのです・・・。日本人である自分に特別疑問も誇りも持っていない、‘日本人である’ ということの意味なんて考えたことがない。アレックスはそんなわたしと似たようなもんだったと思います(わたしは ‘今じゃないことは思い出と一緒に・・・’ とまでは思いませんが)。‘アメリカさいこー’な彼はきっと外のほうばかり見ていて、ウクライナという国のことやその歴史について、それまで深く考えたことはなかったに違いありません。
一方、そんな彼のおじいちゃんはずっと何十年も自分を偽り続け、自分を‘盲目’だと思い込むようになっていました。辛い過去から目を背けなければ到底生きてはいけなかったおじいちゃん。
少し前に、元日本人兵士がロシアでロシア人として暮らしていた(ちょっと違うかも?うろ覚えです)というニュースがありました。戦争当時20歳だったというその人は、今はもう日本語を話せなくなっているということでした。それは‘日本人である自分’をそこまで否定しなければ生きていけなかったからなんだろうね、と家族で話したのを覚えています。アレックスのおじいちゃんも、その人と同じような気持ちで日々を送っていたのかもしれません。でも、過去を捨てようと思いつめることはかえって過去にとらわれることでもある。ジョナサンに出会い、彼の為に、そして自分の為に、ジョナサンをトラキムブロドへ連れて行く決心をするおじいちゃん。‘辛い過去’の象徴である真昼の月(それは銃殺刑で殺されかけた彼が、意識を取り戻したときに最初に目にした光景だったのです)はやはり空に浮かんでいるけれど、迷いはありませんでした。

Illuminated_0528_1_6 リスタの案内でジョナサンを無事にトラキムブロドへ連れて行って、ひまわり畑の中の家に一行が帰ってきた後、彼女は尋ねます。 “戦争はもう終わったの?” (リスタはずっとひとりで閉じこもって暮らしていたので、終戦のことなど知らなかったのです。) その問いに、万感の思いを込めて “終わったよ” と答えるおじいちゃん。その後おじいちゃんは自ら命を絶ちます。観客であるわたしたちは回想シーンをとおして彼の苦悩を知ることができましたが、孫であるアレックスにはその術はありません。しかし遺体を発見した、ほとんど何も知らないはずのアレックスが感じたことはこうでした。 “なぜこういう道を選んだのかは分からないけど、じいちゃんは初めて自分の人生に満足しているように見えた。” それはあのお調子者であんまり何も考えたことがなさそうだったアレックスが変わったから。それは何故か?

またまたすごーく長くなってきたので、(2回で終わらせたかったんだけど)以下次号とさせていただきます・・・。何も考えないで行き当たりばったりなのがまる分かりですね。ふう。次の回ではBBMにつながる記事が書けるはずです、たぶん。

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2006年5月25日 (木)

僕の大事なコレクション(1)

Illuminated_0508_2_2 「僕の大事なコレクション」は、BBMに次ぐわたしの2006年上半期ベスト映画です。今日2回目を観てきました。そして、(やっぱりこじつけだとは分かっているのですが)この映画にもBBMを思い起こさせられました。

以下、ストーリーを全部書く勢いでネタばれです。とりあえずあらすじを。(今回長ーくなりそうなので、2回に分けようと思います。)

主人公ジョナサン(原作者と同じ名前)の収集家としての人生は、彼がまだ幼かった頃、祖父のサフランが亡くなった日に始まります。ベッドに横たわる祖父の亡骸のそばにあった、琥珀(?)の中にこおろぎ(?)が入っているペンダントヘッド。それが彼の最初のコレクションになりました。それ以来家族に関するものを集めるようになったジョナサン。成長するにつれ彼のコレクションはどんどん増えていきますが、そのきっかけを作った祖父にまつわるものは、あのペンダントヘッドだけでした。

ある日のこと。祖父と同じようにベッドに横たわり死を目前に控えた祖母が、「おじいちゃんがこれをお前にって」と言いながら一枚の写真をジョナサンに手渡します。その写真には若き日の祖父と、祖母ではない別の見知らぬ女性が映っていました。そしてよくよく見ると、彼女の首にはあのペンダントが。ジョナサンは、彼女がどういう人なのかを探るべくウクライナへと旅立つ決心をします。写真の裏にあった“アウグスチーネとトラキムブロドにて”という言葉を頼りに。

ウクライナへたどり着いたジョナサンを出迎えたのは、彼のような‘暇で金持ちのユダヤ人’が祖先や故郷のことを調べるのを手伝う、といういかにも怪しげな商売を生業とする一家の長男アレックスと、自分は盲目だと言いながらも実はバリバリの現役運転手であるおじいちゃん、そしておじいちゃんの盲導犬(?)サミーデイヴィスJr.Jr.でした。一応通訳ということになってはいますが実にへんてこな英語を話すアレックス。もちろん英語を話すはずのないちょっと短気なおじいちゃん。歯をむき出して唸る一見こわーいサミーデイヴィスJr.Jr.。そして大の犬恐怖症であるジョナサン。三人と一匹の‘アウグスチーネとトラキムブロド探し’の旅が始まります。

ここまで読んでくださって‘あ、ちょっと観たいかも’と思われた方がいらっしゃいましたらここで読むのをやめてください!!!

Illuminated_0507_1( あ~長くなってきました。)

この珍道中を続けるうちに、彼らは徐々に打ち解けていきます。それと同時に、観ているわたしたちとアレックスは、アレックスの祖父にとても大きな秘密があることを何となく感じ取る・・・その秘密とは、この物語の重要なテーマ “第二次大戦中のユダヤ人虐殺”でした。

結論から言うと、「金持ちのユダヤなんて嫌いだ!」と言っていたアレックスの祖父は、ジョナサンの祖父と同郷の(つまりトラキムブロドという村に住んでいた)ユダヤ人だったのです。
ジョナサンの祖父はそこで結婚していましたが、もうすぐ赤ちゃんも生まれるという時に迫害が始まり、アメリカへと脱出しなければなりませんでした。アウグスチーネは彼の妻でした。身重の彼女をなぜ残していったのか(身重だったからか?)、そこのところは分かりませんでしたが、彼が村を離れて一週間後にアウグスチーネとお腹の赤ん坊は殺され、トラキムブロドの村は破壊されてしまったのです。
一方、アレックスの祖父は銃殺刑に処されましたが奇跡的に生き延び、ユダヤ人であるという印がつけられた上着を脱ぎ捨て、ユダヤ人であることも、故郷も捨てて、別の人生を生きる事を選んだのでした。

疲れてきたので以下次号(?)。

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2006年5月24日 (水)

ジェイクくん

巷で話題(?)の「グッドガール」が観たい!!!とレンタルビデオ屋さんに行きました。以前探したときには見つけられず、かといって店員さんに尋ねる勇気もなくすごすごと帰ったわたし。‘今日は絶対見つけるんだ!わかんなかったら店員さんに聞くんだ!’と自分に発破をかけ、店内へ。しかしやっぱりうろうろ~、うろうろ~とあちこちのコーナーをさまよっていたその時!ひとつだけ置かれているのをやっと発見(嬉)!でも借りられておりました・・・(涙)。仕方がないので特典映像の内容とジェイクくんの笑顔をしっかり確認して帰りました。今後は毎日様子をうかがって、返却された途端にさっと掠め取るぐらいの心意気で臨もうと思います(おおげさ?)。

ジェイクくん(なぜか‘くん’をつけてしまいます)。彼を初めて知ったのはやはり「遠い空の向こうに」でした。なぜか当時‘岡田准一に似ている’なんて言われていた(わたしもそう思ってた)ジェイクくんが、ここまで素敵な俳優さんになろうとは・・・。もちろんホーマーくんはとてもよかったし、ほかの作品でも魅力的だと思ってはいたのですが、BBMでの色っぽさ(!)は尋常ではありません。いったいどこでこんな色気を身につけたんだ?

Jake_0516_1_2

色気だけでなく、本当にいろいろな表情を見せてくれるBBMでのジェイク。初めて過去を語ったイニスの、それまでの孤独を吹き飛ばそうとするかのようにふざけて見せるジャック。下を向いて自分のほうを見ないイニスに“大丈夫だよ”と優しく囁くジャック。バックミラーに映る、遠ざかるイニスの姿を見つめずにはいられないジャック。多分思ってもいなかったイニスからのキスに戸惑いながらも、自分を抑えられず爆発してしまうジャック。イニスの頬をなでて彼を慰めながら、自分の辛さは押し込めてしまうジャック。離婚の知らせに駆けつけたのに帰るように言われ、うつろな瞳で男娼を買うジャック。背中から抱きしめてくれるイニスにもたれて、‘安心する’という言葉の意味をおそらく初めて知ったジャック。最後の逢瀬の後、走り去る車(=イニス)を見送るもう若くないジャック(とても書き切れません、名場面が多すぎて)。・・・ありきたりの言葉ですが、俳優さんて本当にすごいなあと思ってしまいます。ジェイクが演じていなかったらわたしはこんなにジャックに感情移入できませんでした。
今後ジェイクくんはもっといろいろな役を演じていくことでしょうが、このジャックを超える演技をして欲しいような、欲しくないような。

余談ですが、わたしはジェイクくんと同じ位置にほくろがあるのです☆(左の口元。つい最近気がつきました♪わ~い。←意味不明) このほくろは‘一生食べるのに困らない’ほくろだと以前母に教えてもらったような・・・。それプラス、“マリリンモンローも口元にほくろがあり、それ故このほくろは‘魔性のほくろ’と呼ばれている”とどこかで読んだ覚えがあって、ずっと‘そうかー魔性?うっふっふ’と思っていたのですが、画像を検索してみた結果実は彼女のほくろの位置は微妙にずれていました・・・。口元というより頬骨のところといったほうが正しいようです。しゅん。Monroe_0516_1 でもわたしのことはさておいて、ジェイクくんの口元のほくろはかなり素敵です。‘魔性’、当たってるかも。
今までジェイクくんを「かっこいい~~~」と思ったことはあまりないのですが(あったかもしれないけど覚えてない。いっつも「かわいい~~~」と思っちゃう)、「今まで間違ってました、あなたはとてもかっこいいです!!!」と、わたしがひれ伏す日がもうすぐ来るかもしれません♪

ジェイクくんの画像、クリックして大きくしてみてください。ほくろの色気が増しますよ~。

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2006年5月22日 (月)

ナイロビの蜂

土・日と映画館は「ダヴィンチ」フィーバーでございました。その余波で忙しかった前日の金曜日に、疲れた体で無理矢理「ナイロビの蜂」を観ました。

Theconstantgardener_0507_2_2 仕事上同じ映画の予告を何度も何度も見なければならないのですが、この「ナイロビ」も相当な回数予告を見ました。

以下ネタばれです。

この映画の予告とキャッチコピー‘地の果てで、やっと君に帰る’を見て、やっぱり最後はこうなるんだろうね、と同僚と話していたとおりのラストでした。疲れに追い討ちをかけられとぼとぼと家路に着いたわたしの目は、真っ赤になっていたと思います。あのラストは主人公のジャスティンにとってこのうえもなく幸せなものだったのだと頭では分かっていたけれど、悲しくて辛くて仕方がなかった。

町山智裕さんのレヴュー:http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060504
真紅さんのレヴュー:http://thinkingdays.blog42.fc2.com/blog-entry-27.html
本牧LEONさんのレヴュー:http://blog.livedoor.jp/upalley2005/archives/50656788.html

映画の冒頭多分5分も経たないうちにテッサ(レイチェルワイズ)は死んでしまう。夫のジャスティン(レイフファインズ)はそれを受け入れられず、しかも妻には自分に告げていなかった秘密があったことを知る。その秘密を探る陰謀の物語なので、もう最初からただならぬ緊迫感と不穏な空気が漂います(そのせいでどっと疲れる)。そのいやーな雰囲気はずっと継続していくのですが、でもその中からテッサからジャスティンへの、そしてジャスティンからテッサへの愛がぼわーっと浮かび上がってくるような、そんな映画でした。あんまりうまく説明できてないけど(うまく説明できたためしがない。がーん)。

真紅さんが書かれているように、テッサの愛情はなんだか最初はよくわからない気がしました。ふたりは知り合ったその日にベッドインしてしまいます。いきおい?それにナイロビに行ったのは夫婦になってからだと思い込んでいたので、テッサからジャスティンにプロポーズ(!)するシーンを観たときは、‘この人ナイロビに行きたいがために結婚するのか???’とまで思ってしまった。でも違ってたのです。ジャスティンの“CONSTANT GARDENER”なところを愛し(そこに苛立ったこともたくさんあったでしょうが)、ジャスティンがずっと“CONSTANT GARDENER”でいられるように、テッサは彼に何も話さなかったのだ、と今は思います。しかしジャスティンはその自分を変えることになる。テッサを愛してたから。テッサの愛に気付いたから(ひー、愛・愛って何度も書いて恥ずかしいー、ぎゃー)。
テッサが生きていた頃、40キロの道のりを歩いて帰っていく親子を車に乗せて欲しい、とジャスティンに頼んだことがありましたが、そのとき彼は、一人一人にそんなことをしていたらきりがない、そういう人はたくさんいるんだから、というような言い訳をしてテッサの頼みを断りました。そしてラスト近く、一人の子供すらも救えなかったことによって、ジャスティンはあのときの妻の絶望感、無力感を心から理解することになります。遅いよ、ジャスティン。
でも最後には、ジャスティンもやっとテッサの愛に追いつきました。ジャスティンの選択がテッサの望んだものでないのは確かだけど、きっと嬉しくもあったでしょう。天国で「あなたがここまでできるなんて思わなかったわ!」なんて言ってるかもしれません。

ここまで書いてきてなんだかBBMを思い出しました・・・。ジャックの本当の気持ちに気付けなかったイニス。失くしてから初めて分かった深い深い愛。ジャスティンとちょっと似ているような気がする、と言うのはあまりにもこじつけ?テッサがジャスティンに“I feel safe with you.”といっている場面でもこれはジャックだ、そしてイニスだ!と思ったのですが・・・。あ、やっぱりこじつけですね。

綺麗な風景(でもそれだけじゃない)、素晴らしい音楽。そしてラスト、レイフファインズが呟く妻の名前。これは絶対映画館で観たほうがいいです。

Theconstantgadener_0508_1 「ナイロビの蜂」
THE CONSTANT GARDENER
(2005 イギリス)

‘地の果てで、やっと君に帰る’

おめでとう、ジャスティン。テッサ、彼をよろしく。

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ブロークバック マウンテン:アルマとラリーン

Balalaika_0521_5 バラライカ、こんな楽器でした。うう~ん、紫のバラライカがカイロにあるんでしょうか。謎です。しかしブログのタイトルは変えません!(←開き直り)

今日は、アルマとラリーン(ミシェルウィリアムズとアンハサウェイ)について書こうと思います。といっても皆様のように深い考察はできません~。

以下、ネタばれです。

一般的な感想でアルマに同情が集まるのは(ミシェルの評価が高いのは)、イニスとジャックのキスシーンを目撃したことによりひとりで苦しむ様子が描かれていたからでした。アルマの苦悩や苛立ちはその表情、言葉つき、動き、すべてから感じ取ることができます。ちなみにわたしがすごいと思ったのは、休日出勤のことでイニスと言い争いになり、アルマが本当にドスドスと足音を立てているかのように歩いていくシーンです。あれはアルマの歩き方ですよね。ミシェルはあんなふうではないと思います。ん?案外そうだったりして?
対するラリーンは、うすうす気付いてはいるけれど表向きには何も知らないということになっているので、登場人物としても女優アンハサウェイとしても見せ場があまりありません。しかしBBMに入れ込んでいる、イニスとジャックに肩入れしている(これはあまりよろしくない表現かもしれませんが)人にとっては、ラリーンはアルマと同じくらいか、もしくはそれ以上に悲しい存在。わたしはどちらかと言わなくてもはっきりラリーンが好きです。ラスト間際の電話のシーン、ここだけでわたしをラリーン派にするには十分でした(これはびあんこさんのところにも書かせていただきましたが)。ここのシーンでアンハサウェイが本当にどアップで映されていたのは、監督がこのラリーン(アンハサウェイ)を観客の心にしっかりと焼き付けておきたかったからなのだと思います。

Brokeback_0522_4_3 Brokeback_0522_3_5

ラリーンは時が経つにしたがって外見がどんどん派手になっていく。アルマは人相が悪くなっていく(失礼かな?でもあの感謝祭?のディナーのときのアルマは新婚時代とは別人のような顔になってましたよね)。それもはっきり知っているかいないかの違いからだろうし、ラリーンのほうは経済的に余裕があったからそっちのほうに変化のベクトルが向かっちゃったんだろうけれど。性格の違いもあったかもしれません。昨日ふと、イニスとジャックの決定的瞬間(!)を目撃したのがラリーンのほうだったとしたらどうなっていたかなあと思ってしまいました。物語の展開上そんなこと起こるわけはないんだけども。アルマは夫に問いただすことができずに悶々と悩みますが、ラリーンなら「ちょっと!あんたたちどういうこと!!!」てな台詞ぐらい言える・・・かな?いや、やっぱり言わないかな。ラリーンびいきなので、もし知っていたのが彼女だったらこの登場人物全員の苦しい15年間をなんとかする方向に持っていけたんじゃないかなあと、過剰な期待(?)をしてしまいます。‘悲しい存在’なんて書いたけど、BBMの中でいちばんパワフル?芯が強い?のはラリーンとジャックのお母さんだと思うので。う~ん、何を書いているのか分からなくなってきた・・・。
あ~、やっぱりアルマよりもラリーンのことについてたくさん書いちゃいました。今回はこの辺で。

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2006年5月19日 (金)

ブロークバック マウンテン:映画も、小説も。

最初からネタばれです。

びあんこさんのところで前に読んだ「まどろみの抱擁=ダンス」。
http://emmanueltb.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/100_ff92.html
BBM好きの方々には文才がある!と思っているのはわたしだけではないでしょう☆(願わくばわたくしめにもその文才を~を~を~。無理か?)

以前見た是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」という映画は、亡くなった人が自分の人生で一番印象深い思い出(それか、いちばん幸福な思い出、だったかも)を映画にしてもらって、それを観ながら天国へ旅立っていく、というものでした。背中からの抱擁のシーンがジャックにとってものすごく大切な思い出だったということを知って、この「ワンダフルライフ」を思い出しました。ジャックならあの時を選ぶんだろうな、と。

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小説を翻訳された米塚真治さんがパンフレットに書かれていたように、映画を観ただけではジャックにとってのこのシーンの重要性は伝わらないかもしれないけれど、大切な思い出なんだってことは分かりすぎるほど分かりました。びあんこさんの仰るとおり‘白眉’のシーンですからね、なんたって。わたしのこれまで観てきた中でも屈指です。映画史上に残る名場面だといえます。

この前小説を読み直したとき、急に、この場面をこの位置に入れた原作のアニープルーさんはすごいなあ、さすがだなあと思ってしまいました。そんなの改めて言わんでも分かりきっとることやんけ!とお叱りを受けそうですが、あの諍いの後にこんな幸福な美しいシーンを持ってくるなんてわたしには考えつきません(当たり前じゃ)。そしてよく見てみるととここだけ時系列が違うんですね。小説では、イニスが回想していることになってはいますが物語はちゃんと時間軸に沿って展開していくし、映画も言わずもがなです。
時間というくくりを無視してここに入れたということに、このシーンはここに入れるんだ!というアニープルーさんの強い思いのようなものが表れているような気がします。もしかすると、ジャックだけでなく彼女にとってもこのシーンは大切なものだったりして(それはちょっとセンチメンタルすぎますかね?)。

そして、その後に歳を取ったジャックが走り去るイニスの車をみつめている場面を付け加えた脚色のおふたり(初見で、あれ、仲直りしてこんな幸せな感じになってんのかな?とよくわからないまま観ていたおばかなわたしを、続くあのシーンが打ちのめしました)。ヒースの優しい、囁くような声と、ジェイクの穏やかな、幸福な表情。BBMのスタッフやキャストは、本当にこの原作を深く深く読み込んで臨んだのだなあと、頭が下がる思いです。それからここ、音楽もすごくよい。「BROKEBACK MOUNTAIN 3」ですね、サントラによると。喧嘩の場面から続いてきた音楽が、あの回想シーンに入ると、曇り空から太陽の光が差し込んでくるような、そんな感じに変わる(これはどなたかが書かれていたかも。もしそうだったらすみません)、あの瞬間がとても好きです。

イニスがジャックを背中から抱きしめたのは、自分のほうを向けさせて、ジャックのまどろみを邪魔したくなかったからなのではないかなあとわたしは思います。あの時のイニスの優しさは、全部俺に預けていいよ、と言っているように見えたので。背中を向けて誰かにもたれるって(うう~、表現力が足りない~)、そして背中を向けてる人の全部を受けとめるって、本当に信頼している大事な人に対してしかできないことじゃないでしょうか。
(ちなみにわたし個人も、背中から抱きしめられたいです。遠い昔に見た「キャンディキャンディ」の影響でしょうか?階段でキャンディを背中から抱きしめた人、なんて名前だったっけなあ。)

いろいろ書いてたらまた観たくなってきちゃいました・・・。DVD早くでないかなあ・・・。音声解説は必修(?)でお願いしときま~す。高くてもいいから。BBM積立貯金始めるから。

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